「で、何がわかった?」

 そんな里津を気にせず、もう一度聞く。

「何って別に、私が殺されそうになったのも納得だなって思っただけ」

 若瀬も赤城も、耳を疑った。

「殺されそうになったって……冗談だろ?」
「そんな趣味の悪い冗談を言う人が、どこにいるの」

 そう返されると、今の言葉が事実なのだと思わざるを得ない。

「お前……何したんだよ」

 自分が何かしたことを前提に話を進められるのは気に入らなかったが、今回の場合やらかしてしまっているため、文句が言えない。

「怜南に、事件と向き合えって言っただけ」

 若瀬は大きくため息をついた。詳しい事情は一つも言っていないが、里津の仮説を聞いた後に聞くと、すべて察しが付く。

「今回の事件の原因はお前か……」

 里津は文句を言いたそうに顔を顰めるだけで、言葉は返さない。

「てか、殺されそうになったってのはいつの話」

 その声は低く、怒っているようにも聞こえる。しかし里津は気にする様子を見せない。

「今朝。署の近くにある横断歩道で信号待ちしてたら、誰かに背中を押されて、車道に飛び出した」

 里津は淡々と話し続ける。

 若瀬は大丈夫だったのかと聞こうとしたが、昼をすぎても平気そうなところを見ると、大事には至らなかったのだろうと思い、それは飲み込んだ。

「いろんな人に嫌われてるから、てっきり知ってる人に押されたのかなって思ってたんだけど、まさか殺人犯に狙われたとは」

 里津の表情に恐怖は見られない。

 若瀬も赤城も、里津がそこまで平気な態度で話していることが信じられなかった。

 若瀬は改めて、里津の感覚が理解できないと思った。それどころか、怖いと感じた。

「木崎は死ぬのが怖いとか、思わないのかよ」
「怖いっていうか……人はいつか死ぬんだし、そんなに怯えてても仕方ないと思う。よくわからないことに怯えるよりも、死を受け入れて、いつ死んでもいいと思いながら生きていくほうが、気が楽。それに、私たちは常に理不尽な死と向き合ってる。それなのに、死が怖いって馬鹿らしいと思うんだけど」

 若瀬は言葉を詰まらせた。ここでありきたりなことを言っても、一切里津に届かないような気がした。

「里津さん」

 今度は赤城が里津を呼び、里津は赤城のほうを向く。

「貴方がどう考えようが貴方の自由ですが、自分の命を大切にしないということには賛成できません」

 里津の顔がゆっくりと落ちていく。

 里津の主張はまだあった。自分の命はとても小さなもので、それほど大切にされる価値はないだとか、大切にしたところで何も変わらないだとか、言いたいことはたくさんあった。

 だが里津は赤城と言い合うつもりはなく、大人しく赤城の話を聞く。

「自分で自分のことを大切にすることは、自分を大切に思ってくれている人を悲しませないことでもあると、僕は思いますよ」

 やっと顔を上げたと思うと、里津は頬を膨らませていた。

「……頭でっかち。バカ真面目」

 小学生が言いそうな悪口が並べられた。

「真面目に生きることが悪いこととは思わないので、問題ないでしょう」

 赤城は冷静に言い返すが、里津は子供のように赤城を睨み続ける。

 若瀬は急に居心地が悪くなったが、抜け出すこともできず、とにかく気まずかった。

「あのー……」

 恐る恐る手を挙げる。それに気付いた赤城が、若瀬の顔を見る。

「話、戻してもいいですか」
「すみません、脱線しすぎましたね。どうぞ、続けてください」

 赤城は申し訳なさそうに言い、パソコンに視線を戻した。しかし里津は今の赤城とのやり取りに気を取られてしまっている。

「木崎? おーい。木崎さーん?」

 里津の顔の前で手を振ってみたり何度も呼んだりするが、返事をしない。

 若瀬は仕方なく、思いっきり手を叩いた。思っていたよりも大きい音が出て、若瀬自身も驚いた。

「……何」

 里津は驚かされたことに不満を抱き、若瀬を睨んだ。

「何じゃねえ。証拠がそろって、動機もわかった。ここまで来て、瀬尾秀介を捕まえない気か」
「……行く」

 里津は気力のない足取りで出て行く。少し心配に思ったが、そこまで過保護にする義理はないと思い、若瀬は里津を追わなかった。

「あの、赤城さん」

 仕事を再開していた赤城に声をかける。

「はい?」

 しかし呼んだのはいいが、若瀬は気になることをストレートに聞いてもいいのか悩んだ。

「……いえ、なんでもないです。失礼します」

 結局聞くのはやめ、未解決事件情報管理室を後にした。

 里津は部屋を出てすぐのところで若瀬を待っていた。

「なんだ、行ってなかったのか」
「若瀬に運転してもらおうと思って」
「自分で行けよ」

 呆れた表情で言うが、若瀬は里津を乗せて秀介が入院している病院に向かった。