署に戻り、一課長のデスクの前に行く。

「木崎。どこに行っていた」

 一課長は若瀬に資料のことを聞いていたため、里津を睨む。だが、里津はまったく気にしない。

「葉宮の知り合いが経営している喫茶店です。葉宮の友人とその叔父が何者かに襲われました。現在保護し、病院にいます。そういうことなので、私は捜査を始めます」

 里津は簡潔に報告して満足し、その場を離れようとする。

「待て!」

 その一課長の声を無視することはできなかった。里津はまた一課長と向き合う。しかしその表情は不満を語っている。

「葉宮はどこにいる。そもそも、なぜ襲われたことが判明したとき、報告しなかった」
「友人のところにいます。報告しなかったのは……葉宮が暴走しそうだったので、あとでいいかなって」

 今すぐにでも捜査を始めたい里津は、応答が適当になりつつあった。

 一課長の額に血管が浮かびあがっている。

「もう捜査始めてもいい?」

 にもかかわらず、里津は火に油を注ぐようなことを言った。

「お前……」
「課長、落ち着いてください。木崎に腹が立つのはわかりますけど、犯人逮捕を急がなければならないのも、確かです」

 冷めた顔をして一課長を煽る里津と、今にも里津に殴りかかりそうな一課長の間に、若瀬が入る。

 一課長は息を吐き出しながら椅子に座った。若瀬は落ち着いてくれたことに、胸をなでおろす。

「木崎。お前は捜査を始めていい」

 その言葉を聞くと、里津はにやりと笑った。

「あ、そうだ。事件の詳細を葉宮に聞いて、こっちでも捜査、お願いします」

 一方的に言って、里津はその場を離れた。

「……若瀬は臨時で木崎と組んでくれ」

 一課長はため息交じりに言う。

「え、俺がですか」

 予想外の指示に、若瀬は聞き返した。

「嫌なのはわかるが、木崎とどうにかうまくやれるのは、同期のお前しかいない。他のやつらと組ませると、絶対に喧嘩が起きる」

 若瀬は否定できず、苦笑する。

「……わかりました。でも、臨時ですからね」

 念を押して、里津を探しに廊下に出た。まだそれほど遠くには行っていなかったようで、すぐに追いつくことができた。

「若瀬? なんでいるの?」

 里津の少し後ろを歩いていたら、そんなことを言ってきた。若干苛立ちを覚える。

 しかし若瀬は、里津に真面目に言い返しても無駄だということを、知っている。

「……木崎の世話係だってさ」

 隠したところで里津にはばれてしまうので、若瀬はそのまま言った。

「へえ。そんな仕事を任されるなんて、若瀬って暇なんだ」

 人が怒りを堪えているというのに、里津はどこまでも挑発してくる。流せ、流せと何度も言い聞かせて、笑顔を作ろうとする。

「暇じゃねえよ」

 だが、出てきた言葉は素直だった。里津はそんな若瀬を笑いながら、歩き続ける。

「ところで、なんで未管室に向かってるんだ?」

 誘拐事件の捜査をしたいというから、てっきり聞き込みにでも行くのだろうと思っていた。

「今回の事件の犯人と、過去に殺人を犯した犯人が同じなの。で、今回の事件より過去の事件の資料を見て、証拠を見つけようと思って」
「そっちのほうが難しくないか? 今回の事件の聞き込みしたほうが」
「それは私の仕事じゃない」

 里津は若瀬の声を遮った。若瀬は苛立つ心を抑える。

「……お前も刑事なんだから、聞き込みもお前の仕事だけどな」

 里津は綺麗に若瀬の嫌味を聞き流した。その反応に、若瀬は大きく息を吐き出した。

「……で。事件の詳細、教えてくれよ」
「なんで?」

 嫌そうにしているようには見えない。子供が聞いてくるような、純粋な目だ。

 この反応は予想していなかった。

「なんでって……俺も捜査したいから」

 それ以外に理由があるのだろうかと思いながら、里津の質問に答える。

「あ、そっか。若瀬は葉宮と違うんだった」

 里津は一人で納得しているようだった。

「なんでもいいから、ちゃんと教えろよ。お前が面倒だって思うのはわかるけど、捜査は一人の力でやるものじゃないだろ」

 里津は面倒そうに息を吐き出す。

「気が向いたらね」

 それは説明しないやつだと言い返そうとするが、すでに未解決事件情報管理室に着いている。若瀬はその文句を飲み込んだ。

 里津は若瀬を置いて、中に入る。

「赤城さん。この前、葉宮が出してほしいって言ってた資料、今出せますか?」

 単刀直入に言ったにもかかわらず、赤城は説明を求めなかった。

「もちろん、出せますよ。ところで今日は相方が違うようですね」

 赤城は資料を取りに行きながら言う。

「私の下僕の若瀬です」
「おい、下僕じゃなくて同期と言え」

 若瀬が反論すると、里津は若瀬に向けて舌を出す。明らかに喧嘩を売られているが、初対面の赤城がいる前で、いつものように喧嘩をすることには抵抗があった。若瀬は息を吐き出して落ち着かせる。

「葉宮君はどうされたのですか?」

 資料を持って戻ってくる赤城は、そう聞いた。

「役に立たなかったので、置いてきました」

 若瀬はここまではっきりと言われる稜に同情した。

「里津さん?」

 赤城は笑顔だが、目が笑っていない。

「……だって、感情に振り回されて迷惑しかかけられなかったんだもん」

 まるで子供が言い訳をするような言い方だ。

 赤城は呆れた表情を見せる。

 若瀬はそんな赤城と里津のやり取りが信じられなかった。

「まったく……これでよかったですか?」

 赤城にファイルを渡され、里津はいつもの席に座ってそれを開く。若瀬は里津の斜め後ろに立って、資料を覗き込んだ。

「これが、今回の誘拐事件に関係する事件なのか? どんな事件だったんだ?」
「十五年前に起きた、ある一家が襲われた事件。大人二人が殺されて、子供は肩に負傷」
「……てことは、襲われたのはその子供か」

 最後まで説明していないのに、若瀬はそう言った。里津は若瀬の顔を凝視する。