喫茶店のドアには臨時休業を知らせる貼り紙があったが、ドアに鍵はかかっていなかった。

 店内は薄暗く、誰もいない。

 里津が店内を見渡していたら、上から物音がした。

「二階……?」

 里津が呟くと、稜は階段を駆け上がる。里津はその背中を追った。

 リビングに入ると、両手を後ろで縛られ、床に転がっている怜南がいた。

「怜南!」

 稜は怜南のもとに駆け寄る。

「稜君……来てくれたんだね……」

 部屋の置くから、秀介が歩いてくる。

「遅くなってごめん……」
「いや、怜南も無事みたいだし、気にしないで」

 秀介は横で眠る怜南を見た。

 命を狙われていたにしては、外傷が見られない。稜は不思議に思ったが、何もなかったことに安心した。

「とりあえず、病院に行こう」

 稜が怜南を抱き上げようとすると、里津は腕を掴んで止めた。

「木崎さん……?」
「頭を打ってるかもしれないから、下手に動かさないほうがいい。救急車を呼んで」

 稜は言われた通りに電話をかけた。

「ねえ、秀介さん……一体、何があったの?」

 そして救急車が来るまでのほんの数分間で話を聞くことにした。

 秀介は数時間前に起きたことを思い返す。

「今日はごみが溜まっていて、客が多くなる前に怜南に捨ててくるように頼んだんだ。店の裏にあるごみ箱に捨てに行くだけだった。それなのに、怜南の戻りが遅くて……心配になって見に行ったら、怜南が何者かに眠らされていた。犯人は俺に気付いて、ナイフで脅してきた。『店の中に入れないと、殺す』って。怖くなって、犯人の言う通りにした。常連さんたちに通報とかされたら困るからって、臨時休業ってことにしろとも言われたかな」

 稜が真剣に秀介の話を聞いていたら、いつの間にか稜のそばに立っていた里津が、稜の頭を小突いた。稜は邪魔をされたと思い、里津を睨む。

 しかし里津は気にせず、「メモ」と呟いた。

 稜は慌てて胸ポケットからメモ帳を取り出して、今の秀介の話を箇条書きにまとめていく。

「それから、紙を貼って二階に行ったら怜南が拘束されてて、やめろって言ったら、何かで思いっきり頭を殴られちゃって……」

 秀介の話は、それで終わる。今聞いた内容以外で気になることを、質問していく。

「怜南にごみ捨てを頼んだのは、何時ごろだった?」
「十一時にはお客さんが多くなることがほとんどだから、それより少し前だと思う。あのとき時計は見てなかったから、詳しい時間までは……」

 秀介は申し訳なさそうに言う。

「犯人の人数とか、恰好とかはわかる?」
「一人しか見てないよ。服装は……黒い帽子に、マスク、全身黒い服だった」

 その情報では犯人のヒントにはなりえないが、情報がないよりはいい。稜は秀介の話をそのままメモしていく。

「目的は、怜南……で間違いない?」

 稜は電話で聞いた内容を確認する。

「うん……怜南を殺したのは自分で、怜南も殺してやるって言ってたから……」

 それは稜が電話で聞いた言葉、そのままだった。

 そして稜は、車内での里津との会話を思い出した。

「俺に電話かけてきたのって、秀介さんなの?」
「え、そうだけど……」

 秀介さんはどうして稜がそんなことを聞いてくるのか、わかっていなかった。

「……貼り紙のときは一人だった。そして、隠れて電話をかけられる余裕があった。それなのに、助けを呼びに外に行こうとしたり、身を挺して怜南を守ろうとしたりしなかったんだ?」

 黙って聞いていた里津が厳しく言うと、秀介は目を伏せた。

「それは、その……逃げたら怜南が殺されると思ったし、ナイフの前に飛び出すのは、怖くて……」
「怜南を苦しませたくないとか言ってたくせに、いざとなったら自分の身が可愛くなっちゃったんだ?」

 里津は秀介を責めるような言い方をやめない。でもそうされて当然だと思っているのか、秀介は言い返さない。

「木崎さん、言いすぎです。誰だって殺されるのは怖いし、俺に電話をかけられただけで十分じゃないですか」

 稜は秀介をかばうが、里津はそれを鼻で笑った。

「君って本当、何も見えてないんだね」

 唐突に貶されて腹が立ったが、救急車が到着したため、その文句を里津が聞くことはなかった。