仕事終わりの稜のスマホに、怜南から一通のメールが届いた。

『怜南はもらったよ、葉宮君』

 そのメッセージの意味がわからなかったが、添付されている画像を見て、理解した。

「なんだよ、これ……」

 それは、怜南が何者かにバッグハグをされ、幸せそうに笑っている写真だった。

 稜は状況が飲み込めず、ただ立ち尽くす。

「どうした、葉宮。帰らないのか」

 自席でスマホを見つめて動かない稜に、若瀬が声をかける。

「あ、いや……」
「何かあったのか?」
「いや、大したことでは……」
「でも、顔色相当悪いぞ」

 稜がどれだけ言葉を濁しても、若瀬は引き下がらなかった。稜は諦めて若瀬にスマホを見せる。

「これは?」
「幼馴染です。どうやら恋人ができたみたいで」

 若瀬はもう一度画像を見る。

「お前、この子のこと好きなんだ?」
「……まあ」

 まさか職場の先輩と恋バナをすることになるとは思っていなかったため、不思議な展開だと思いながら、素直に答える。

「で、知らぬ間に彼氏ができててショックを受けたわけだ」

 若瀬は稜をからかうように言う。

「でも、安心していいよ」
「どういうことですか?」
「この写真に写ってるのは男じゃないってこと」

 稜は若瀬が言っている意味がわからなかった。

 顔は見えないが、何者かが怜南を抱きしめていることはたしかで、怜南はとても楽しそうで。それから、怜南が持っているお菓子箱には「たくみ」と男の名前が書かれている。

 これだけ証拠がそろっているのに、どうして男ではないと言い切るのか、やはり稜にはわからなかった。

「これ、木崎だよ」
「……はい?」

 稜は耳を疑った。

「え、木崎さん? 本当に?」

 混乱している稜に対して、若瀬は落ち着いて首を縦に振る。

「どうしてそう言い切れるんですか?」
「この子が持ってるお菓子箱、俺が昨日お前に渡したやつだよ。これ持ってるのは、木崎しかいないだろ?」

 言われて見ると、それはたしかに里津のお菓子を入れるためにもらった箱だった。

「じゃあ、たくみって……」
「俺の名前。って、やべ。あいつに名前書いてたんだってバカにされるわ。最悪だ……なんで渡す前に気付かなかったんだ、俺……」

 若瀬は一人で話している。その間、稜は頭の中を整理していく。

「あの……なんで木崎さん、こんなことをしたんでしょうか……」
「それはあれだよ。木崎が人が嫌がることを平気でするような奴だからだよ」

 若瀬は呆れた表情で言う。稜は言葉が出てこない。

「あの人は一体どこまで……」
「どこまでも最低な奴だよ」

 若瀬は稜の独り言に続けた。自分が言わなかったことを言われ、稜は苦笑するしかなかった。

「とりあえず連絡して聞いてみな。じゃ、お疲れ」
「お疲れ様です」

 そして若瀬は稜の肩を叩いて帰っていった。

 一人になった稜は、もう一度怜南の写真を見る。

 自分や秀介以外の人と一緒にいるだけでも驚くというのに、満面の笑みまで見せていることが信じられなかった。こうして怜南は自分から離れていくのかと寂しく思いながら、スマホをカバンに入れる。

 まだ残っている人に挨拶を済ませると、稜は喫茶店に向かった。


 閉店時間を過ぎた喫茶店のドアを開けると、二人の女性がカウンター席に座っていた。

「怜南……?」

 名前を呼ぶと、左側の女性が振り向いた。怜南は稜を見つけて頬を緩める。

 続いて右に座る女性も稜を見た。

「おお、葉宮君。遅かったね」

 ここに里津がいるのを見て、やっと若瀬が言っていたことが本当だったのだとわかった。稜は胸をなでおろす。

 そして気持ちを切り替える。

「まったく、どういうつもりなんですか、木崎さん。あんな写真送ってきて」
「あれ、気付いたんだ?」

 里津は感心するが、稜が目を逸らしたことで、それが嘘だと気付く。

「気付かなかったの?」
「……若瀬さんの下の名前までは知らなかったんで」
「言い訳だね」

 笑って挑発してくる里津に言い返してやろうとした、そのとき。

「稜、君」

 聞いたことのない声で名前を呼ばれた。

 稜は一瞬、誰に呼ばれたのかわからなかった。

「え、怜南……今……?」

 消去法で怜南が自分を呼んだのかと思ったが、きっとこれも里津のたちの悪いいたずらで、今聞こえたのは空耳だと思った。

 だが、怜南が口を開く。

「私が、そうしてほしい、て、言ったの……ごめん、ね……?」

 怜南の口が動き、そこから音が聞こえてくる。これがいたずらだとすれば、相当手が込んでいる。だが、ただの嫌がらせのために、里津がそれほど面倒なことをするとは思えない。

 これは、ドッキリではない。空耳ではなかった。

 かなりぎこちないが、たしかに怜南が喋っている。

 その事実に驚き、内容がまるで入ってこなかった。