何か温かいものに体を包まれている。もう少しだけこうしていたい、とイヴは甘えるように頬を寄せた。

「……イヴ?」

 低い声が耳朶をくすぐる。その声が脳髄に届いた瞬間、イヴは跳ね起きた。と思うと、体を強く抱きすくめられて身動きが取れなくなる。
 ヴィンスが震える腕でイヴをかき抱いていた。

「……よかった。目が覚めなかったらどうしようかと」
「ヴィンス、服着てる? 着てるわね。よかった。どこか体に不具合は? 記憶の連続性に問題はない?」
「……他に言うべきことはないのか」

 むっすりと返事をしてヴィンスは体を離す。その熱を名残惜しく思いながらもイヴは辺りを見回した。
 どうやら玄関ホールで魔術式を発動させて倒れた彼女を、ヴィンスが介抱していたらしい。
 彼はふわふわの尾をイヴの腰に絡ませ、決まり悪そうに目線をそらした。

「特に問題はない。記憶もある。何も変わらないさ──死ぬ前とな」
「死んだ……記憶があるの」

 イヴの問いに、ヴィンスは首を縦に振った。

「ああ、はっきりとな。──なあ、これは俺が見ている都合の良い夢か? イヴが死んだ俺を蘇らせるなんて」
「違うわ、現実よ」

 イヴはほろほろと溢れる涙を拭いもせず、ヴィンスの手を取った。

「私は、一族の悲願じゃなくて、ヴィンスを選んだの。あなたに伝えなくちゃいけないことがあったから」

 呼吸を整える。ヴィンスの琥珀色の瞳を覗き込んだ。

「私は、今のあなたを失いたくない。大切にしたい。きっとこれを、愛というの」

 ヴィンスが俯く。イヴの手を握る手に力がこもった。

「俺は、一度死んだが」
「うん」
「死ぬ直前に思ったのは、イヴのことだった。また倒れていないかなんて妙な心配をしたよ」

 言葉を切る。

「俺は、俺のそばでなくても、イヴが生きていてくれたらそれだけでよかった。それなのに──最後に願ったよ。もう一度、イヴと過ごしたいと」

 彼は顔を上げた。イヴを見つめ、滲むように笑う。

「俺は愚かな男だ。イヴに過去を見ていたのは、俺の方だった。命まで落とさないと、そんなことにさえ気づけなかった。──それでも、二人の未来を望んでいいか?」

 イヴの返事は決まっていた。

「ええ! 当然だわ!」

 叫んで抱きつく。彼女の手首で、腕輪が輝いていた。
(了)