翌日。
 イヴはリタレイン伯爵家の応接間に座っていた。
 伯爵家の家令は突如訪れたイヴを不審がったが、「王宮晩餐会の取引のことでお話が」と告げると畏ってイヴを邸内に引き入れた。
 出された紅茶にも手をつけずロケットを握りしめて椅子に座っていると、応接間の扉が開いた。突然の訪問にもかかわらず一分の隙もなく身嗜みを整えたリタレイン伯爵夫人が現れる。その後ろに付き従う従者は晩餐会のときとは別の人間のようだった。

「突然の訪問をお許しください。どうしてもお話ししたいことがございまして」
「あら、いいのよ。返品でもしたくなったのかしら」

 家令から訪問の目的が伝わっているのだろう。話が早い。机を挟んで向かいに着席した夫人の前にロケットを置く。膝の上で拳を握りイヴは真っ向から彼女を見据えた。

「こちらのロケットは、私には不要なものでした。お譲りいただいたときから何一つ変わっておりません。こちらと引き換えに、私の友人をお返しいただけないでしょうか。勝手なことを申し上げているのは重々承知しております。手数料として何かが必要であればお支払いいたします」

 用意してきた言葉をつらつらと並び立て、頭を下げる。この交渉の成否の鍵は明らかに夫人が握っていた。彼女が望むならイヴは靴だって舐めるつもりで来た。
 だが夫人は手のひらを広げほっそりとした指に塗られた爪紅の様子を確かめると「そうねえ……」と平坦に呟き半目になった。それから細く息をつく。

「まあ、いいわ。このロケットと引き換えに、あなたの人狼? をお返ししましょう。今用意するから少し待ってちょうだい」
「あ、はい。ありがとうございます」