それで頭が真っ白になった。
 冗談じゃない。

「四万一千!」

 勢いよく手を挙げ、喉が張り裂けそうなほど大声を出す。普段の生活で発声し慣れていないせいで声が裏返った。
 壇上の公爵の唇が弧を描く。よく通る声で金額を煽るように響かせた。

「新たに四万一千枚! さあ、他にはいませんか? 人狼は今や希少種。次はいつ巡り合えるか分かりませんよ」

「四万四千」

 女性が再び手を挙げる。焦りを微塵も感じさせない落ち着いた声音だった。

「四万四千五百」

 イヴもつとめて冷静に声をあげる。暴れる心臓を抑え、無表情でつんと澄ます。

「四万五千五百」
「四万六千」
「四万六千……二百」

 ここで初めて、女性の言葉が揺れた。ちらりとイヴの方を振り返り様子をうかがってくる。
 ここが勝負どころだ。
 直感し、イヴは女性の視線を真正面から受け止める。できるだけ冷たい表情で傲慢に顎を上げて女性を見下ろす。
 女性が視線を逸らした。
 畳み掛ける。
 イヴは物憂げに手を挙げ、口を開いた。

「五万」

 女性の右腕がぴくりと動く。だが、結局それは挙げられることなく膝の上に置かれたままだった。
 公爵の声が響く。

「金貨五万枚! 他にはありませんか? ……無いようですね。それでは、多目的用途の人狼、金貨五万枚で落札です」

 客席から潮騒のように拍手が沸き起こった。けれどイヴの耳は激しい耳鳴りで埋まり、視界が白く明滅し、座っているのが精一杯だった。胃液が逆流しそうになり唇を引き締めて唾液を飲み込む。
 やってやった。
 やってしまった。
 相反する感情がぐるぐると脳味噌を攪拌する。これで今夜、形見を購入することは不可能になった。それでも後悔はしていない。きっと何度時間が巻き戻ってもイヴは同じことをすると確信していた。
 けれど、幼馴染に金で買われて、ヴィンスはどう思うだろうか?