「そ、そんなことできないわ。ヴィンスと引き換えにするだなんて……」

 裏返る声を押し出して、なんとか形にする。心臓が暴れまわっている。しかし声は、悲しくなるほど白々しく夜闇に消えていった。
 彼は身を屈め、イヴと視線の高さを合わせた。尾をしなやかに揺らし、なだめるようにイヴの手に触れる。柔らかな感触が強張った指の間を撫でていった。

「俺はもうずいぶん長いこと、選択肢を奪われてきた。今ここで選べなかったら、俺はずっと、誰かの所有物だ」
「でも、でも、私は……」

 言葉が見つからない。目頭が熱くなる。それなのに涙は一滴も出てこなくて、胸が苦しかった。
 ヴィンスがすっと背筋を伸ばす。イヴの手からふわふわとした柔らかさが離れていった。
 彼はもう彼女を見なかった。

「これ以上俺を惨めにさせないでくれ」

 そうして彼は人混みに紛れて見えなくなった。気づけば晩餐会は終わり、いつの間にか、イヴの手にはロケットが握られていた。今宵のことは夢ではないと証明するように。