──イヴは迷ってしまった。
 目の前に吊るされた宿願に。
 手の届きそうな星に。
 何を天秤に乗せればいいのか、考えてしまった。
 夫人はますます笑みを深くし、少し身を乗り出すと、イヴの耳殻に真っ赤な唇を近づけた。口元を手で覆い隠し、

「晩餐会が終わるまではお待ちしておりますわ。それを過ぎたら……お分かりよね?」

 最後に甘い息をふぅっと吹きかけ、夫人は晩餐会の中へ消えていった。
 取り残されたイヴは呆然と立ち尽くす。夫人の立ち去った方をぼんやり目線で追った。冷たい風が吹いて、イヴの髪を撫でていく。

「イヴ」

 彼女は身を震わせる。大好きな声なのに、今だけは耳を塞いでしまいたかった。

「俺は行く。そう決めた」

 決然とした響きだった。イヴはぎこちなく彼の顔を見上げた。
 ヴィンスと目が合う。イヴを見つめる瞳には熱があり、けれど慈愛に満ちていて、それは彼女の人生で初めて向けられる感情だった。
 ヴィンスは笑っている。イヴの背筋が冷えるほど優しく微笑んでいた。