月の光も届かないその日の夜、イヴはヴィンスと連れ立って王宮晩餐会に出席していた。
 王宮主催であるこの晩餐会には、引きこもりのイヴも参加せざるを得ない。一通り挨拶を交わした後、人混みに酔った彼女は早々にバルコニーに避難していた。

「大丈夫か?」
「もう帰りたい……」
「せめて陛下の挨拶までは気張れ」
「足が痛くなってきた……」

 ヴィンスとの関係は、表面上は穏やかなまま。しかし、それが逆に埋められない溝を明らかにするようで、イヴは薄い氷の上を歩いているような気持ちだった。
 ドレスシューズに締めつけられた足をさすりながらぼやいていると、背後に気配を感じた。

「探しましたわ、モーリエ男爵」

 甘えるような声音で呼びかけられ、イヴは背筋を強張らせる。
 振り向くと、胸元の大きく開いた深紅のドレスを艶やかに着こなした女性が立っていた。後ろには従者の男を伴っている。
 その顔に見覚えはない。だが、真っ赤な口紅の塗られた唇に浮かぶ酷薄な笑みを見た瞬間確信する。