彼の瞳が暗く翳る。テーブルの上で組まれた指は、節々が白くなるほど強く握り締められていた。
 イヴは椅子を蹴って立ち上がった。胸元に手を当て、暴れる心臓の鼓動を押さえつけて叫ぶ。

「私は変わってないわけじゃない! 私は……!」

 胸の底に渦巻く激情が理性を焼く。絶対に言ってはいけないと思っていた言葉が、喉をついて迸った。

「ヴィンスのことが好きだから──」
「知ってる」

 イヴの動きが止まる。青色の瞳が見開かれて凍りつき、長い髪がゆっくりと肩を滑り落ちた。
 彼は凪いだ眼差しで、イヴを見つめる。

「それも含めて、イヴは変わらないんだ。イヴが俺を変わらないと言ったとき、それでも変わらず恋し続けていると囁いていたとき、確信した。幼い俺に抱いた恋心を投影して、俺に夢を見ているんだと」
「観覧車で聞こえていたの……」
「俺は人狼だからな」

 ヴィンスが僅かな笑みを作った。
 彼の理屈を否定したいのに、イヴの思考はまとまらない。だってイヴにとってヴィンスはヴィンスで、何も変わるところはないのだ。
 彼は平坦に答えを告げた。

「俺が一番よく分かってる。いくら取り繕ったところで、一度壊れたものは二度と同じ形には戻らない。俺は明らかに昔の俺とは違う。分かるか?」
「わ、分からないわ……」

 弱々しく頭を振る。そんなイヴを、彼は憐むように眺めた。

「イヴといると、俺は自分が惨めになるよ」
「わた、私は……」
「金貨五万枚は必ず返す。だから、俺が離れることを許してくれ」
「そんなこと急に言われても……」
「代わりの使用人を雇え。もう倒れないように」

 彼はするりと立ち上がり、食卓を出て行った。
 イヴは一人、冷え切った紅茶に映る自分の顔と目を合わせていた。