それは人が一人入るくらいの大きさの檻だった。その中に、黒い礼服を着せられた男が一人、手枷と足枷をつけられて座り込んでいる。
 男がのっそりと顔を上げる。客席をぐるりと見回し、長めの前髪の隙間から、琥珀色の目で一人一人を睨みつけるように顔を歪める。照明を浴びる顔立ちはずいぶん整っていてそれだけで求める人間も多そうだった。
 だが、その中でもとりわけ目を引くのは黒髪の頭から生えた灰色の狼の耳と尾てい骨から伸びるふさふさの尻尾だ。
 男は人狼だった。
 イヴは息を止める。その青い瞳を限界まで見開き、男の顔を隅々まで確かめる。
 公爵の声が耳を貫く。

「こちらは、とあるお方から譲り受けた人狼でございます。見ての通りの麗しさ! もちろん人狼ですから、頑丈さは折り紙付き。力仕事でも、他の用途でも、如何様にもお使いいただけます。金貨五千枚からどうぞ」

 客席の女性たちが楽しげに沸く。数人の腕が上がり、価格が高騰していく。
 イヴには何も聞こえていなかった。時間が止まったように硬直し、一心に男を見つめていた。両手で口をおさえ悲鳴が漏れないように必死に奥歯を食いしばる。
 彼女は彼のことを知っていた。ずいぶん昔、まだ両親が健在だった頃、彼はモーリエ家と親しい人狼族の子どもだった。よくイヴの元を訪れ魔術の研究に引きこもりがちな彼女の手を引いて外に連れ出しともに遊んで過ごした。イヴは彼のことが大好きだった。恋い焦がれていた。両親が亡くなってからは行方を知ることもできなかったが、まさかこんなところで再会するなんて。

「ヴィンス……」

 幼馴染の愛称をぽつりと呟く。そのとき、すぐ近くで声が上がった。

「金貨四万枚!」

 ハッとそちらに視線をやる。イヴの斜め前に座った女性が、しなやかに手をあげて男を競り落とそうとしていた。蠱惑的なドレスを妖艶に着こなした美しい女性だった。輝く金の髪を優雅にまとめ曝け出された白いうなじが眩しい。
 他に手は上がらない。どうやら決まりそうだった。
 イヴの心臓が大きく跳ねる。彼女に渡してよいものか。自分の幼馴染を、如何様にもお使いいただける人狼として?
 でも、とイヴは手を握りしめる。自分は両親の形見を求めるためにここに座っているのだ。それはずっと欲していた物で、悲願を叶える最後のピースで、焦がれてやまない願いなのだ。
 ぎこちなく首を動かしおそるおそる女性の様子をうかがう。
 後ろから見る女性の口元は悦楽に歪んでいた。