彼女がその提案に頷いたことにより、二人は食堂に場を移す。テーブルに向かい合って座り、各々の前にはヴィンスの用意した温かい紅茶が湯気を立てていた。
 ヴィンスが組んだ両手をテーブルに置き、訥々と話し始めた。

「俺の一族は、貿易商を生業にしていた。外国から買い求めたものをこの国の貴族に売りさばいて、なかなか儲けていたらしい。モーリス家と親しかったのもそのせいだ。珍しい異国の魔術書なんかをよく届けていたよ。覚えてるか?」
「ああ、お父様達が応接間で何か話している間、私たちはよく庭園で遊んでいたわね。ヴィンスが連れ出してくれて……この国では見たことのないお菓子をよくくれたわ」

 異国のスパイスの効いた固い焼き菓子や、鮮やかな色付けがなされたケーキ。普段食べるものとは違う、舌先の痺れるような甘さだった。

「そうだったな」

 ヴィンスが目を細め、視線を窓の向こうに向ける。まるでそこに、幼い子どもがいるように。

「モーリエ家の当主がイヴに変わって少しした頃──貿易船の難破事故が相次いだ。普段ならそれだけで傾くわけじゃない。だが、そのときは運が悪かった。ちょうど一族の長の座を巡って内部がゴタついていたときで、難破した船には王族への献上品が積まれていた。様々なことが重なって、一族は離散することになった。群れをなして狩りをすることが信条の人狼が離れ離れになるだなんて、相当追い詰められていたんだろう」

 風が吹いて、窓の外の木立を揺らす。葉が擦れてさざめいた。

「俺たちのもとにその決定が伝えられたときには、既に行き先が決められていた。最も大きな利益を上げられると踏んだ場所だ。父は炭鉱、母は住み込みの使用人、そして俺は……」

 ヴィンスが口を閉ざした。少し俯き、疲れ切ったように大きく息を吐く。それから唇の端を吊り上げた。

「俺の顔と体と年齢には、どうやらそういう需要があったらしい。名は伏せるが、さる大貴族のもとに向かうことになった。そこでの日々は、地獄のようだった、と口にするのは簡単だな。まあ、こういうことだ」

 ヴィンスが着ていたシャツの胸元をくつろげる。そこには、大小様々な傷が彼の皮膚を埋め尽くしていた。元の皮膚が残っている場所はほとんど見当たらない。傷つけられては治り、また傷つけられたと思しき痕が、歪な凹凸を作って変色していた。
 イヴは何も言えない。その傷を見つめ、唇を震わせることしかできない。

「嫌なものを見せたな」

 泣きたくなるほど優しい口調で言って、彼は服を整えた。