「うう……」

 泣き疲れて眠ってしまったイヴは、自分がゴツゴツした硬いものの上に覆いかぶさっているのに気付いて目を覚ました。寝ぼけ眼のまま、それをぺたぺたと触る。妙に暖かく、しっとりとしたそれは。
 人間の姿に転変し、一糸纏わぬ姿で朝日を浴びる、ヴィンスだった。
 全裸だ。
 それを認識した瞬間、彼女は絶叫した。

「違う! 誤解よ! 私はあなたの寝込みを襲ったりしていないの! 信じて!」

 狂乱したまま後ずさり、強く目を閉じてさらに両手で目を覆って顔を背ける。魔術で山ほど服を召喚し、辺りに降らせた。
 イヴの悲鳴に飛び起きたヴィンスは、状況を把握してため息を漏らした。手近にあった服を手早く身につけ、立ち上がる。

「……それはこちらのセリフだ。そもそも、狼になったときの記憶も残っている」
「あ、そう……」

 それはよかった、と続けようとして、口をつぐむ。昨夜のことを思い出すと、よいと言えるかどうかは判断がつかなかった。
 二人の間に息の詰まるような沈黙が落ちる。召喚される服が床に落ちる音だけが響いた。

「……もう、服は着たから必要ない」
「本当に?」
「嘘をついてどうする」
「確かに」

 イヴは目を開けた。彼がきちんと服を纏っているのを確認し、ほっと息をつく。

「それで、昨夜のことだが」
「うん……」

 ヴィンスの言葉に、彼女は顔を上げる。決して目を逸らしてはいけない話題だった。

「少し長くなるぞ」
「構わないわ。厨房でお茶でも淹れてきましょうか」
「イヴの茶には変な薬草が入っていて鼻が痛くなる」
「そうだったの……」

 本気で嫌そうなヴィンスに愕然とする。イヴが特別に調合して淹れる茶は、一口飲めば体力が回復し思考は冴え滋養強壮に効くという代物だが、人狼のヴィンスには臭いがキツすぎたらしい。飲み慣れている彼女には全く思いもよらぬ感想だった。改善の余地があることはいいことだ。
 感慨深く頷いていると、ヴィンスが腕を組んだ。

「イヴを立たせたままなのは気分が悪い。食堂でいいか」