突然、狼の目が開いた。俊敏な動きで地面を蹴ると、イヴに躍りかかる。突進に耐えきれず彼女は床に倒れ込んだ。前足で体を押さえつけられ、目の前で巨大な口がぐわりと開かれる。彼女はその口内に鋭い牙が並び、真っ赤な舌が蠢いているのを間近で見た。
 悲鳴を上げて思い切り腕を振り回す。それは虚空を引っ掻くだけだったが、何度目かの振りが幸運にも狼の鼻先にぶつかった。けれど武器を持っているわけでもない少女の拳だ。狼にとっては羽虫が止まったのと同じくらいだろう。
 イヴの頭の中を過去の映像が通り過ぎる。これが走馬灯というものか、と彼女はどこか冷静に観察していた。全く、ろくな思い出がない。楽しいことって魔術の研究くらいじゃないか。
 ああ、でも、最近はずっと楽しかったな。
 白目を剥いてほとんど気絶しそうになりながら、浅い呼吸を繰り返す。こんな形で人生が終わるなんて思っても見なかった。研究室で死ぬと確信していたのに──。