大講堂に階段状に設けられた客席は既にほとんど埋まっていた。
 客席は闇に包まれ、仮面がなくとも誰が来ているのかよく分からないが、彼らが求めているものは明らかだ。
 空席に向かって足を進めながら、唯一明かりに照らされた舞台に顔を向ける。そこは左端に演台が置かれているだけだったが、あと数分もすれば客人たちを楽しませる商品が並ぶことが約束されていた。
 それは、遠い異国の織物だったり、遥か昔の竜の鱗だったり、亡国の魔法の鏡だったり。
 あるいは、人間扱いしなくてよいヒトだったり。
 とにかく、合法・非合法問わず、公爵がありとあらゆる伝手を辿って集めた珍しいモノを売りさばく、闇のオークションなのだ。
 必然的に参加者には後ろ暗いところがあるから仮面が必須で、参加が許される者も公爵が独断で選ぶ。
 イヴは席に座り、ゆっくりと息を吐いた。
 ここまで来るのに、五年の歳月がかかった。
 両親を失いモーリエ家の当主になってからずっと探し求めていたものが、今夜、あの舞台に上がるのだ。
 軍資金は十分。イヴは絶対に目当てのものを競り落とすつもりでいた。
 五年前。強盗に殺害された両親の、盗まれた形見を。
 それはロケットペンダントで、中には家族写真と両親の遺髪が入っている。モーリエ家の強い魔法がかかっているから常人には開けられない。どうやらその呪いじみた強力な施錠魔法が公爵のお気に召したらしく、今回の出品に至ったようだ。
 それさえあれば、イヴの──いや、モーリエ家の悲願に手が届くのだ。
 客席からざわめきが引いていく。演台にやはり仮面で顔を隠した公爵が現れた。三揃いの礼服を着て、どこにでもいる紳士のように見えるが、過去に呪物に触れて受けたという呪いによって頭から山羊の角が生えている。そのためすぐに彼と知れた。呪われてから年を取らなくなったともっぱらの噂で、イヴの三倍は長く生きているはずなのに彼の口元は若々しい。

「お集まりの皆様、お待たせいたしました。今宵は月も隠れる暗い夜。皆様にはきっと、夜をも呑み込む昏き望みがございましょう。それにお応えするとびきりの品を、私は揃えてまいりました。さあ、ここで起きることは一夜の夢。全てを曝け出し、欲望のままに、買い漁ってくださいませ」