「誤解のないように言っておくが、買われた以上、俺は務めを果たすつもりだ」
「務め……?」

 のろのろと顔を上げる。ヴィンスは温度のない目でイヴを見つめていた。

「イヴを主人として、付き従う。それでいいだろう」
「主人……」

 馴染みのない単語を舌の上で転がす。彼との間に作られた壁を感じて口を閉ざした。

「お望みなら、友人でも、家族でも、恋人でも構わないが」
「そんなものは決して望まない!」

 叩きつけるように言って、イヴは厨房を飛び出した。と、気まずげに戻ってきて、自分の分のスープを確保し、一枚のカードをヴィンスの手に握らせる。モーリス家の紋章が彫り込まれた薄い銀の板だった。

「スープはありがとう。あと、今日中に仕立て屋に行って好きな洋服を買ってきて。このカードを出せば後日請求が来るから」
「……イヴはどうやって生計を立てているんだ?」

 ヴィンスが訝しげにカードを受け取った。イヴは肩をすくめる。

「発明した魔術式の利用料とか。別に家計を心配しなくてもいいわよ」
「昨日、金貨五万枚の買い物をしていたが」「いいの、また稼ぐから。他にお金の使い道もないもの」
「そうか」

 少し声が低くなった気がしてイヴはたじろぐ。けれど言いたいことは言わなければならない、とその場に踏みとどまった。

「それと」

 イヴは息を吸い込み、ヴィンスの瞳を凝視した。

「私は、あなたと対等でいたい。これは本当のことよ」

 彼の返事は待たなかった。踵を返しほとんど走るようにして自室に戻る。
 一人で食べたミルクスープは、たくさんの味がして美味しかった。