「俺は人狼だからな。人より耳はいい」
「それはそうね。ちなみにどこまで聞こえるの」
「洗面所で顔を洗いながら鼻歌を歌っていたか? 下手だったな」
「はっ……!?」

 顔に血がのぼる。洗面所と厨房は屋敷の端から端まで離れている。それが聞こえるということは寝言だって聞こえるのではないだろうか。

「……防音魔術を張り巡らせるわ」
「そうしてくれ。俺も落ち着かない」

 ヴィンスが火を止める。スープが器によそわれるのを眺めながらイヴはぽつんと呟いた。

「誰かと朝食をともにするのは久しぶりだわ」

 ヴィンスの手が止まる。それから皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「そうか。それは俺も買われた甲斐があるというものだ」
「そ、そういう意味じゃなくて……!」

 気安い空気に緩んでいたが、買った者と買われた者という立場は昨日から何も変わっていないのだった。
 ヴィンスの顔を見られず、視線を床に落とす。頭上でため息が落とされた。