イヴは夢を見ていた。
 夢の中の彼女はまだ幼い子どもで、日の当たらない屋敷の書庫で古い文献を読み耽っていた。生物の魔力生成器官と大気中のマナを変換する魔術式に関する論文で、彼女が今取り組んでいる研究に関わりそうなものだった。
 集中していると外界が遮断されあらゆる音が彼女の耳を通り抜ける。だから突然手元の書物が取り除かれ、イヴは悲鳴をあげた。

「そんな声出すなよ。約束の時間になっても来ないから迎えにきたんだぞ」

 イヴの顔を覗き込んでいるのはヴィンスだった。彼女はまだ夢みる瞳で自分の世界を漂っている。ヴィンスは不機嫌そうに顔をしかめ、イヴの鼻に噛み付いた。

「痛い!」
「それはよかった。俺と移動遊園地に行く約束をしたの、思い出したか?」
「あ」

 痛みの滲む鼻を押さえたイヴは、目を瞬かせた。急いで立ち上がりスカートの裾を払う。すっかり忘れていたが彼女は外出用のドレスを着ていた。彼と出かけるためだ。

「もちろん思い出したわ。ヴィンスを待っている間に、少しだけ論文に目を通していたのよ。……でも、私はまたやらかしたのね。ごめんなさい」