イヴは彼の横顔を穴が空きそうなほど見つめ、昔の面影を必死に拾い上げようとした。記憶よりもずいぶん背が伸び体つきがたくましくなり顔立ちは秀麗に大人びていた。
 視線に気づきヴィンスが顔を彼女の方へ向けた。突然目が合いイヴは飛び上がる。

「な、何!?」
「それはこっちのセリフだろ。そんなに熱心に見つめて。それともやっぱり、俺が欲しくなったか?」
「それは断じて全然全く違う」

 大慌てで両手を顔の前で振る。これはさすがに全くの見当外れと言わざるを得なかった。
 イヴは振り回した両手を下ろし、床に転がった仮面とヴェールを拾い上げた。公爵邸では身元を隠すというルールを守るため、二つとも元どおりに装着し直す。

「……ずれてるぞ」

 イヴの横に並んだヴィンスが手を伸ばしてヴェールに触れる。思いの外優しい手つきで位置を直してくれた。
 イヴの脳裏に幼い頃の思い出が浮かび上がる。彼女は魔術の研究以外にはぼんやりした子どもで、彼はよくほつれた髪や曲がったリボンなどをこうして直してくれた。そうやって面倒を見てもらえるのが嬉しくて、半ばわざと隙を作っていた節もある。

「あ、ありがとう」

 辿々しく礼を言う。仮面とヴェールが顔を覆い隠していてよかった。血がのぼった頬を見られなくて済んだ。
 イヴは背筋を伸ばしヴィンスを見上げた。

「それでは、家に帰りましょう」
「どこへでも仰せのままに」

 戯けるように言って優雅に一礼する。尻尾が礼儀のように一振りされた。イヴはむずむずする唇を引き結び、公爵邸を後にした。