モーリエ男爵家当主であるイヴ=フォン=モーリエは、夜半、マルセイユ公爵邸の地下の大講堂を訪れた。
 十七歳という少女の身でありながら彼女は喪に服するような漆黒のドレスに身を包んでいた。白銀の髪を無造作に頭頂部でまとめ、これまた黒レースのヴェールを被っている。少なくとも、舞踏会に赴く格好ではない。
 彼女は音もなく廊下を歩き、大講堂の入り口で見張りに立つ使用人に公爵からの招待状を見せる。使用人は招待状を検めると、イヴの顔に物言いたげな視線を送った。彼女は一瞬、招待状に不備があったかと焦ったが、すぐに自分が手にしていたものを思い出しそれを顔にあてがった。
 仮面だ。
 目元のみを覆うものだが、客人の素性を隠す──少なくとも建前ではそうなっている──には十分なものだ。イヴの用意した仮面は黒檀で作られた簡素なものだったが、この大講堂に足を踏み入れるにはそれで良かったし、魔術を司るモーリエ家の当主にはこの上なくふさわしい意匠であった。
 彼女が仮面を装着したのを確認し使用人が無言で扉を開く。イヴは室内を見渡し、少し目を見張った。