兄が死んだとの報があって、家に戻ったのは五年ぶりだった。戦で矢傷を受け、一命を取り留めたものの、回復しなかったらしい。

 兄夫婦には娘しかいなかったので、家督を継ぐのは弟の俺しかいなかった。
 好き勝手に各地を歩きまわり、野伏せりのようなことをしたり、時には雇われ兵として戦に出ていた俺のところに、よく報せが届いたものだと思う。実際兄が無くなってからすでに三ヶ月《みつき》は過ぎていた。

 雪の降りしきる、寒い日だった。家はしんと静まり返っている。
 いつも親の代から仕えていた者たちが出入りして、にぎやかだったものだが、その名残もない。

 土間に立ちつくした俺を、奥から駆けてきた若い娘が出迎えて、小さく悲鳴を上げた。髪はぼさぼさで髭も生え放題、薄汚れた衣服のまま家に入り込んだ俺に、驚かないわけがない。

 侍女かと思ったが、目をまんまるに開いた娘は、高い声をあげて言った。

「叔父上!」
 俺をそう呼ぶ者なんて一人しかいない。しろい頬も眩しいほっそりとした娘は、記憶の中の子供とはずいぶん違う。

「杏衣《あい》か?」
 義姉もいつのまにか亡くなっていて、家にいたのは姪ひとりきりだった。ぷくぷくとした子供だった気がするのだが、見ないうちに義姉に似たようで、華奢でたおやかな娘に成長していた。様変わりした俺を見てよく一目で分かったものだ。

 この家は大した家格ではないが、戦になればいくらか配下を率いて、主君に馳せ参じなければならない。兄は体が弱く、父や配下の者からすれば心許なかったようだし、兄自身も不安だったようだ。

 二十までは生きられないだろうと言われてたものの、四十で矢傷を受けるまで生き延びたのだから、人のいうことなどまったく当てにならない。
 俺は家督なんて面倒なものを背負いたくなかったし、そもそも長子が継ぐものだ。互いに遠慮して、無駄な時間を過ごした。そのまま死に別れる羽目になった。
 結局誰もいなくなった家はがらんとして、窮屈などと言うのは贅沢だった。