そして、先程柾に話しかけた男と、集団のうちの数人がこちらを見て何かを話している。手に手に凶器を携えた人間たちのいくらかが、こちらに歩み寄ってくる。
柾は、静かに笑みを深めた。
「どうした。俺のことは、あまり気にかけてくれなくても問題はないぞ」
だが彼らは応えず、柾たちをぐるりと囲んだ。目の光は強い。怪我人や、襲われた人間を気遣うような色ではない。それは、得体の知れない事件へ向けられていた、その犯人へ向かおうとしているものと同等だった。
「心配しなくても、ここであったことも、これから起こることも、外へもらしたりはしないけど」
「信用したいがな」
輪の後ろから誰かが答える。
――留まってほしい、か。
事件がおさまるまで留まってほしい、手助けしてほしいと請われた。
言われるまでもなく、気にかかることがあったから留まってはいたし、あの店主に果たして悪意があったかどうかは定かではない。
「例え事件が収束しても、話が外へ流れるのは、歓迎できることではないのじゃないかな」
そうして彼らの生活を崩されるのが。
噂が広がり、銭を落とす旅人が寄り付かなくなり、実入りがなくなれば、生活に関わるのだから仕方がないのかもしれない。だが、それだけではない。
外から好奇の目を注がれること、そして外部の人間が事件のために乱入してくることすらも、彼らにとっては好ましいことではない。
「当たり前だ。我々は、我々の手ですべて解決してきた」
一人が声高に口にする。
町は閉ざされている。高い山に囲まれ、わずかに出来た平野に身を寄せ合って、彼らは閉ざされている。闇の底に沈んでいる。
人は来て去っては行くが、表層を行き過ぎていくだけだ。微風は、凝り固まったものに風穴を開けない。
町は、まるでそれ自体が一人の人間のようだ。
明るみに出ている人の好い表の顔と、恐れ怒り騙す、奥底に隠したものと。
たとえ陽が昇っても光の届かない場所。隅に追いやられ、それでもわだかまる闇の塊。
けれどそれに危機感を抱くことも、不思議に思うこともない。当然だ、外を知らないのだから。ただひたすらに、乱されるのを嫌っている。移ろっていくものを嫌悪する。
旅人をもてなしはしても、彼らが外の風を吹き入れ、かき乱すのを許さない。
白日の元に暴かれるのを恐れている。それならば取り込み、閉じ込める。もしくは押し潰す。不可解なもの、目障りなもの、不要なもの、不都合なもの、不利益なもの。
自分たちを、築いてきた規律を、彼らだけの調和を守るためならば、皆同じように歪むのだろう。
彼らはすでに歪み、けれど歪んでいるのに気づきもせず、そのまま更に沈んでいく。そこに横たわっているのが楽なのだ。そうして澱のように、時と共に蓄積されていく。
果たしてそれが、狂っていないと言えようか。
――そして彼らの内に、久我はいない。
張り巡らされた垣根の内と外。閉じられた独りよがりな世界で、また隔絶されている。
久我から見ても町は外のもの。従えるものは同等ではない。時代が変わり、外のものが雪崩れ込み、内の人間が望んではみても、些細な物事では変わりはしない。
そうか、と柾はつぶやいた。分かっていたけれど。
「俺たちを生かして外に出すつもりは、最初からなかったということだろう」
頼む、と言った。町を助けるために、頼むと。
頼むから死んでくれと言うことだ。
そこに一片の疑問も持たないのか。人を殺す鬼を恐れたくせに、風聞を守るために人を閉じ込め、口を封じるために殺すことへの矛盾もないのか。
自分たちの輪を守るためなら。
不穏な笑みを見せた柾に、彼らを取り囲む人間たちの輪が縮む。
さらさらと、雨が彼らの表面を浅く撫でている。空に雲は薄く、細くさえぎられた月の光が、水に濡れた人の肌を照らしている。瓦斯灯は、利に濁る人の目を隠しはしない。
「さっさと行ったら」
人々と向き合っていた柾に、凜があっさりと言った。
凜は人の群れを卑下するように、雨を邪険にするかのように目を細め、先に場を離れていく集団の行方を見る。顔をそちらに向けたままだった。
凶器を持った人たちの声が、離れていく。足を踏み鳴らして、歩き出す。
時代が変わり、外国に染められ、外の視線を気にして見た目だけ法令を整備しても、国の端々には行き届かない。そして人の心にも。
警察を頼まず、こうして不都合な口を塞ぎ、人を狩り、駆け出すのは、文明を謳い列国へ並ぶことを願う国のすることだろうか。――昔から何も変わりはしない。人の心は。
警官隊が駆けつけて来たところで、止めようも無いことではあるのだろうが。
「でも凜ひとりで」
「この程度どうにか出来ないとでも思っているわけ」
「いや、そうじゃないけど」
心配しているんだけど、と言おうとして柾は口を閉ざす。馬鹿にしているのかと怒られそうだったし、これ以上言葉を重ねて時間をかけている場合ではなかった。凜は小さく鼻を鳴らして、不満そうに言った。
「小半時しか待たないよ。山に火がつくような気配があったら」
「分かってる」
「どうだか」
まったく信用の無い声を受けながら、柾は小さく笑う。