「やあやあ! 楽しんでいるかい?」
考えているところを邪魔するように、お菊さんとは反対側の席に本谷さんがやってきた。既にお気に入りのビールを何本か飲み干しているせいか、ほんのり顔が赤く、ビールの匂いが漂ってくる。
「本谷さん、もう酔っているんですか?」
「ふふーん! それはお嬢さんの捉え方次第さ! それよりも、今日は珍しいものが見れたんだって?」
珍しいもの、と言われて眉を顰める。すると本谷さんが持っていたビール瓶を置いた。
「お菊の本来の姿を見れたんだろう? どうだった?」
「……綺麗、でした」
怯える店長とマネージャーを前に、堂々と胸を張って見下し、憐れむ彼女の横顔が頭をよぎる。傍から見れば恐ろしい笑みだったのかもしれないが、私にはとても綺麗に見えた。
素直に答えると、本谷さんは満足そうに笑った。
「そうかい。ならよかった」
「……本谷さん、質問いいですか?」
「ボクが答えられる範囲で何でもどうぞ?」
「名簿が人間の手元に届く条件って、なんですか?」
ずっと気になっていた。
どうして私のもとにぬらりひょんの名簿が届いたのか、不思議だった。
いくら商店街に住む妖怪と共に暮らせる人間のもとに現れるとはいえ、名簿自身が見繕って連れてきているという説は信じ難い。いくらぬらりひょんの妖力で名簿が独断で動いているとしても、人間側こそ得体の知れない存在を快く受け止められるだろうか。
そして中にはヒロさんのような、名簿ではなく妖怪によって導かれた人間もいる。
名簿の存在は知っていても届いたことがないという作間くんやヒロさんからしたら、妖怪に出会ってここに来たことは偶然なのだろうか。
本谷さんは一口ビールを煽って、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「まず初めに、人間はどうやって妖怪の姿を見るようになると思う?
……霊体質? いやいや、幽霊じゃないんだから。
妖怪は、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、それらを引き起こす不可思議な力を持つ存在なんだ。後悔や恨みで成仏できなくて現れる幽霊とは違う。
そして妖怪は人から生まれるものだと、前に話したね。
【百々目鬼】みたいな妖怪は人の心の隙間から生まれ、最終的には人間の身体を乗っ取って、息絶えるまで生気を吸い取ってしまう。
あの店の店長の結末も……ああ、そんな顔をしないで。これは今話すことじゃないね。
話を戻そう。
ヒロさんには妖怪が見えない。でも作間くんは見える。……つまり、彼らの相違点は「妖怪に取り憑かれたか否か」。
そう考えると、話が手っ取り早いんだ。
ヒロさんは大和田さんが声をかけ、会話と酒だけで距離を詰めた。総菜屋の美代子さんや喫茶店の清音ちゃんも同じだろう。今までずっと人間だと認識していたものの、急なカミングアウトをされてもなお、彼らの存在を否定しなかった。
特に総菜屋は長年続いている老舗だ。代々受け継がれてきた伝統を変えることなく、【小豆洗い】と共に暮らしている。もしかしたら、豆太以外にも仲間がいるのかもしれないね。
作間くんは……詳しい話はボクの口からは言えないけど、お菊に取り憑かれたことが要因だと言ってもいいだろう。二人とも弱っていたところを、ぬらりひょんの結界の中であれば少しずつ回復できるはずだからといって、ボクが商店街に引き込んだ。出会ったときから、作間くんはお菊以外の妖怪とも見えていたよ。
今まで妖怪と認識してこなかった人間が、取り憑かれたことによって認識する。ヒロさんは妖怪の存在を信じていなかったのだろうし、取り憑かれてこなかった。
――もうわかるよね?
人間が妖怪を見る条件は、取り憑かれたことがあること。
加えて、妖怪によって厄介事に巻き込まれそうな人間の元に名簿が届いていると推測される。
名簿を持つ条件として、妖怪に取り憑かれそうになっている人間が危険な状態であることだと、古本屋の書庫で読んだ気がするよ」
考えているところを邪魔するように、お菊さんとは反対側の席に本谷さんがやってきた。既にお気に入りのビールを何本か飲み干しているせいか、ほんのり顔が赤く、ビールの匂いが漂ってくる。
「本谷さん、もう酔っているんですか?」
「ふふーん! それはお嬢さんの捉え方次第さ! それよりも、今日は珍しいものが見れたんだって?」
珍しいもの、と言われて眉を顰める。すると本谷さんが持っていたビール瓶を置いた。
「お菊の本来の姿を見れたんだろう? どうだった?」
「……綺麗、でした」
怯える店長とマネージャーを前に、堂々と胸を張って見下し、憐れむ彼女の横顔が頭をよぎる。傍から見れば恐ろしい笑みだったのかもしれないが、私にはとても綺麗に見えた。
素直に答えると、本谷さんは満足そうに笑った。
「そうかい。ならよかった」
「……本谷さん、質問いいですか?」
「ボクが答えられる範囲で何でもどうぞ?」
「名簿が人間の手元に届く条件って、なんですか?」
ずっと気になっていた。
どうして私のもとにぬらりひょんの名簿が届いたのか、不思議だった。
いくら商店街に住む妖怪と共に暮らせる人間のもとに現れるとはいえ、名簿自身が見繕って連れてきているという説は信じ難い。いくらぬらりひょんの妖力で名簿が独断で動いているとしても、人間側こそ得体の知れない存在を快く受け止められるだろうか。
そして中にはヒロさんのような、名簿ではなく妖怪によって導かれた人間もいる。
名簿の存在は知っていても届いたことがないという作間くんやヒロさんからしたら、妖怪に出会ってここに来たことは偶然なのだろうか。
本谷さんは一口ビールを煽って、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「まず初めに、人間はどうやって妖怪の姿を見るようになると思う?
……霊体質? いやいや、幽霊じゃないんだから。
妖怪は、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、それらを引き起こす不可思議な力を持つ存在なんだ。後悔や恨みで成仏できなくて現れる幽霊とは違う。
そして妖怪は人から生まれるものだと、前に話したね。
【百々目鬼】みたいな妖怪は人の心の隙間から生まれ、最終的には人間の身体を乗っ取って、息絶えるまで生気を吸い取ってしまう。
あの店の店長の結末も……ああ、そんな顔をしないで。これは今話すことじゃないね。
話を戻そう。
ヒロさんには妖怪が見えない。でも作間くんは見える。……つまり、彼らの相違点は「妖怪に取り憑かれたか否か」。
そう考えると、話が手っ取り早いんだ。
ヒロさんは大和田さんが声をかけ、会話と酒だけで距離を詰めた。総菜屋の美代子さんや喫茶店の清音ちゃんも同じだろう。今までずっと人間だと認識していたものの、急なカミングアウトをされてもなお、彼らの存在を否定しなかった。
特に総菜屋は長年続いている老舗だ。代々受け継がれてきた伝統を変えることなく、【小豆洗い】と共に暮らしている。もしかしたら、豆太以外にも仲間がいるのかもしれないね。
作間くんは……詳しい話はボクの口からは言えないけど、お菊に取り憑かれたことが要因だと言ってもいいだろう。二人とも弱っていたところを、ぬらりひょんの結界の中であれば少しずつ回復できるはずだからといって、ボクが商店街に引き込んだ。出会ったときから、作間くんはお菊以外の妖怪とも見えていたよ。
今まで妖怪と認識してこなかった人間が、取り憑かれたことによって認識する。ヒロさんは妖怪の存在を信じていなかったのだろうし、取り憑かれてこなかった。
――もうわかるよね?
人間が妖怪を見る条件は、取り憑かれたことがあること。
加えて、妖怪によって厄介事に巻き込まれそうな人間の元に名簿が届いていると推測される。
名簿を持つ条件として、妖怪に取り憑かれそうになっている人間が危険な状態であることだと、古本屋の書庫で読んだ気がするよ」