笠木さんの頭を撫でながら、一筋の涙を流した。

恵実さんはゆっくりと笠木さんから離れる。

「玲生はお金の心配をしてくれてたみたいだけど、ちゃんと貯めてるよ。玲生が手術したくないって言ってただけで、私は手術受けて欲しいって思ってたから」

一瞬得意げな表情を見せたが、すぐに曇ってしまった。そしてお父様に向かって深く頭を下げた。

「それでも、玲生の手術費には少し足りません。不足分だけ、貸していただけないでしょうか」

お父様は恵実さんの体を起こした。

いつも、冷たい目しか見たことがなかった。お父様は仕事人間で、笑顔なんて知らなかった。

「初めからそのつもりですよ」

だけど今日、生まれて初めてお父様が微笑んでいる姿を見た。そんなふうに笑うのかと、静かに驚いた。

「ありがとう、ございます」

恵実さんはもう一度頭を下げた。

「君は病気が治ったら、うちの会社に来なさい」

お父様に言われ、笠木さんは目を見開いた。

「元不良で、高校中退した人間を雇う気か?」

笠木さんが不良だと言われていたのも、高校を中退したのも、理由があるのに、笠木さんはそれを言わない。

ただ、事実だけを述べた。

「たしかに、君の経歴には問題があるが……娘の婿になるのなら、跡を継いでもらう。厳しくするから、覚悟しておくといい」

私にも向けられたことのない笑顔が、笠木さんに向く。

「おお、怖い」

二人が笑い合っているのを見て、私はどうしてここにいるのだろうと思った。今すぐにでも帰りたい気分だ。

手のひらに爪がくい込むほど拳を握ると、回れ右をした。

「円香」

だけど、すぐに笠木さんに呼び止められた。

「もう帰るのか?」
「……私が来ても、意味がなかったみたいなので」

すると、笠木さんは吹き出すように笑った。今のどこに笑う要素があったのか、さっぱりわからない。

私はさらにふてくされた。

「ごめんって、そんな怒るなよ。俺は円香が会いに来てくれて嬉しいよ?円香がいなかったら、俺はただの嘘つきだったろうし」

なぜ笠木さんが嘘つきになるのかわからなくて、首を傾げる。

「円香を好きだっていうのが演技だって思われてもおかしくなかったんだよ。円香の好意を利用する、最低な男になるところだった」

説明されても、いまいち理解できない。

「笠木さんは素敵な方ですよ?」

わかっていないまま、そう返した。

「いや、うん、そういうことじゃ……まあいいか」

私の頭の中には疑問符が増えるが、そんな私を見て、笠木さんは笑っている。

「えっと……私たちは外で話しますか」

恵実さんが気まずそうに、お父様に提案した。

「そうしましょう」

お父様が賛成したことで、恵実さんとお父様はそそくさと出ていってしまった。