志希がブックカフェあらいぐまに住み込み始めて、一カ月弱。三月も末を迎え、外はより一層春を感じさせる陽気となってきた。

 そして、あらいぐまの景気も春真っ盛り。志希が働き始めたことが良い効果を生んでいるのか、あらいぐまの今月の売り上げは一昨日の段階で前年三月の売り上げを上回ったらしい。
 ちなみに、志希にそれを教えに来た時、荒熊さんは「商売繫盛、いえーい!」と千円札を十枚ほど広げて片手団扇していた。完全に有頂天である。あと、団扇に一万円札を使わないところに荒熊さんの気の小ささが垣間見えて、何とも微笑ましかった。

 そんな、気候とともに店の懐も温かなとある日の朝。
 いつも通りカフェの開店準備をしていた志希は、不意に「そういえば……」と何かに気が付いた様子で、グラスを磨く荒熊さんの方を見た。

「今さらなのですが、荒熊さんは何の神様なのですか?」

「どうしたの? 藪から棒に。前にも言ったけど、僕はこの町の土地神だよ」

「ああ、いえ、それは前に聞いたので知っているのですが……。“学業の神様”とか“芸能の神様”とか、そういう得意分野的なものはあるのかな、と……」

「ああ、なるほど。御神徳のことね」

 志希がどう言い表していいのかという風に説明すると、合点がいったらしい荒熊さんはちまちました動きでポンと手を打った。……かわいい。

「僕はね、そっちの方だと“縁結びの神様”ってカテゴリに入るよ。この間の本の記憶に入る御業も、本と人の間にある縁を強化するってものだしね。僕が神使として仕えていた前の土地神が縁結びの神様だったから、僕が土地神になる時、それも受け継いだんだ」

「前の土地神様……ですか? 荒熊さんは、ずっと昔からこの町の土地神だったわけじゃないんですか?」

「うん、そうだね。僕がここの土地神になったのは、五十年くらい前の話だよ」