電車が駅に滑り込んできた。と同時に、おれのスマホに届くメッセージ。
〈今、着いた〉
姉貴だ。
友達のバンドのライヴに行くって言ったら、姉貴もライヴに興味を示した。もしかしたら、姉貴が興味を持ったのは、瑪都流の音楽じゃなくて、おれが「友達」って呼ぶ相手のことかもしれない。
レトロなヨーロッパ風の駅舎から流れてくる人波の中で、朱い髪をした長身美人の姉貴は目立っている。おれはちょっと手を挙げて、姉貴に合図を送った。姉貴が同じ仕草で応じる。
そのとき、後ろから声を掛けられた。
「あっ。理仁《りひと》先輩、でしたっけ?」
おれは振り向いた。さよ子がいた。外灯のくすんだ光の下でも、ショートボブの髪にはツヤツヤの天使の輪が見て取れる。
「さよ子ちゃん。やっぱ聴きに来たんだ? 鈴蘭ちゃんと一緒?」
「はい! だって、ライヴだったら、煥先輩のこと見つめ放題ですもん。すーっごく楽しみです!」
「張り切ってるみたいで何よりだけど、このへん治安がよくない場所もあるから、気を付けなよ?」
「パパと同じこと言うんですね。大丈夫ですよ。わたし、ボディガードいますから!」
「頼もしいなー。ボディガードって、さよ子ちゃんのファンクラブ?」
「違いますって! ファンクラブなんて、そんなのいませんもん」
「うっそー? さよ子ちゃん、すげー美少女じゃん。モテるでしょ、絶対。おれが言うんだから間違いない。気安く声かけてくるようなやつがいたら、油断しちゃダメだよ?」
「理仁先輩こそ、男の人だからって、気安い人を相手に油断しちゃダメですよ。先輩は色っぽいとこがあるので、男女問わずモテちゃうと思います。連れてかれないように気を付けてくださいね」
「あー、それ実際、経験あるゎ。国外での話だけど」
「さっすが! やっぱりモテますよね。だって、先輩はスターオーラが出てるというか、パッと晴れやかな何かがありますもん!」
「そお? おれと正反対なあっきーにお熱のさよ子ちゃんが、そこまで言っちゃう?」
「言っちゃいますー。煥先輩は異次元の別枠として、理仁先輩がカッコいいことだって、疑いようのない事実ですから」
「おっ。嬉しいような悔しいようなビミョーな気分」
しょうもない話をしていると、姉貴がおれのとこに来て、さよ子に会釈した。さよ子は目をパチパチさせた。
「先輩のおねえさんですか?」
「さよ子ちゃん、見る目あるね~。一発目でそう訊かれること、めったにないんだよ。たいていは恋人同士かって訊かれる」
「えーっ、よく似てらっしゃるから、パッと見でわかるじゃないですかー。初めまして! わたし、平井さよ子といいます。理仁先輩とは、昨日たまたま廊下でぶつかって知り合いました」
「その自己紹介、どーなの?」
おれは噴き出したし、姉貴も笑った。さよ子はキョトンと首をかしげた。
さよ子は鈴蘭に呼ばれて、オーディエンスの列の前のほうへと進んでいった。おれの姿に気付いた鈴蘭は、ペコリと頭を下げた。
姉貴は、子犬か何かを見るときみたいに目を細めて、さよ子の後ろ姿を見送っていた。
「かわいくてキレイな子ね」
「しかも、すっげーおもしろいし」
「今日はガールハントしてたわけじゃなかったの?」
「いやぁ、最初はあの子のこと引っ掛けようと思ったんだけど、引っ掛かってくれなかったんだよね。号令《コマンド》が効かなかった」
「え? じゃあ、四獣珠の?」
「違うらしい。別系統の宝珠を預かってる家系の子だって。あの子自身は異能の持ち主じゃないけど」
「別系統か。あるのね、本当に」
「ひいばあちゃんの古文書によると、ね。でも、預かり手の家系が途絶えたり、自分から宝珠を神社に寄贈する預かり手もいたりして、昔ほどきちんと全部がそろってる宝珠もあんまりないんじゃないかって話だったけど」
「全部っていうのは、四獣珠だったら四つともが現存しているって、そういう意味よね?」
「うん、それ。でね、四獣珠の預かり手が、この場にあと二人いる。さよ子ちゃんの隣にいる髪の長い子と、バンドのヴォーカリストだよ。ほら、今からフロントに出てくる銀髪のやつ」
おれは煥を指差した。
白い長袖Tシャツの胸には、殴り書き風にプリントされた尖ったメッセージ――Stick it to the man、つまり「権力に反旗をひるがえせ」。ズボンは履き替えずに制服のままで、足元も革靴だ。うつむきがちで、目元は銀色の前髪に隠れてしまっている。
煥は何も言わず、オーディエンスのほうを向かずに真ん中に立った。ひどく静かでおとなしそうに見えた。オーディエンスの期待の歓声に呑まれて押し潰されちゃうんじゃないかって心配になるほど、孤独っぽく透き通った存在感だった。
文徳たちが奏でる音楽が、ふっと表情を変えた。
インストのイントロが鳴りやんで、唄の一曲目が始まる。まっすぐな響きの軽快なアップテンポ。走り出したくなるような雰囲気は、文徳が書く曲のメインエッセンスだ。
ああ、こいつの作る曲調やっぱ好きだな、と思って。
煥が息を吸ってマイクに口を寄せた。次の瞬間に紡ぎ出された声に、その声の溶け込むバンドサウンドに、心臓をつかまれた。脳ミソごと揺さぶられた。
〈今、着いた〉
姉貴だ。
友達のバンドのライヴに行くって言ったら、姉貴もライヴに興味を示した。もしかしたら、姉貴が興味を持ったのは、瑪都流の音楽じゃなくて、おれが「友達」って呼ぶ相手のことかもしれない。
レトロなヨーロッパ風の駅舎から流れてくる人波の中で、朱い髪をした長身美人の姉貴は目立っている。おれはちょっと手を挙げて、姉貴に合図を送った。姉貴が同じ仕草で応じる。
そのとき、後ろから声を掛けられた。
「あっ。理仁《りひと》先輩、でしたっけ?」
おれは振り向いた。さよ子がいた。外灯のくすんだ光の下でも、ショートボブの髪にはツヤツヤの天使の輪が見て取れる。
「さよ子ちゃん。やっぱ聴きに来たんだ? 鈴蘭ちゃんと一緒?」
「はい! だって、ライヴだったら、煥先輩のこと見つめ放題ですもん。すーっごく楽しみです!」
「張り切ってるみたいで何よりだけど、このへん治安がよくない場所もあるから、気を付けなよ?」
「パパと同じこと言うんですね。大丈夫ですよ。わたし、ボディガードいますから!」
「頼もしいなー。ボディガードって、さよ子ちゃんのファンクラブ?」
「違いますって! ファンクラブなんて、そんなのいませんもん」
「うっそー? さよ子ちゃん、すげー美少女じゃん。モテるでしょ、絶対。おれが言うんだから間違いない。気安く声かけてくるようなやつがいたら、油断しちゃダメだよ?」
「理仁先輩こそ、男の人だからって、気安い人を相手に油断しちゃダメですよ。先輩は色っぽいとこがあるので、男女問わずモテちゃうと思います。連れてかれないように気を付けてくださいね」
「あー、それ実際、経験あるゎ。国外での話だけど」
「さっすが! やっぱりモテますよね。だって、先輩はスターオーラが出てるというか、パッと晴れやかな何かがありますもん!」
「そお? おれと正反対なあっきーにお熱のさよ子ちゃんが、そこまで言っちゃう?」
「言っちゃいますー。煥先輩は異次元の別枠として、理仁先輩がカッコいいことだって、疑いようのない事実ですから」
「おっ。嬉しいような悔しいようなビミョーな気分」
しょうもない話をしていると、姉貴がおれのとこに来て、さよ子に会釈した。さよ子は目をパチパチさせた。
「先輩のおねえさんですか?」
「さよ子ちゃん、見る目あるね~。一発目でそう訊かれること、めったにないんだよ。たいていは恋人同士かって訊かれる」
「えーっ、よく似てらっしゃるから、パッと見でわかるじゃないですかー。初めまして! わたし、平井さよ子といいます。理仁先輩とは、昨日たまたま廊下でぶつかって知り合いました」
「その自己紹介、どーなの?」
おれは噴き出したし、姉貴も笑った。さよ子はキョトンと首をかしげた。
さよ子は鈴蘭に呼ばれて、オーディエンスの列の前のほうへと進んでいった。おれの姿に気付いた鈴蘭は、ペコリと頭を下げた。
姉貴は、子犬か何かを見るときみたいに目を細めて、さよ子の後ろ姿を見送っていた。
「かわいくてキレイな子ね」
「しかも、すっげーおもしろいし」
「今日はガールハントしてたわけじゃなかったの?」
「いやぁ、最初はあの子のこと引っ掛けようと思ったんだけど、引っ掛かってくれなかったんだよね。号令《コマンド》が効かなかった」
「え? じゃあ、四獣珠の?」
「違うらしい。別系統の宝珠を預かってる家系の子だって。あの子自身は異能の持ち主じゃないけど」
「別系統か。あるのね、本当に」
「ひいばあちゃんの古文書によると、ね。でも、預かり手の家系が途絶えたり、自分から宝珠を神社に寄贈する預かり手もいたりして、昔ほどきちんと全部がそろってる宝珠もあんまりないんじゃないかって話だったけど」
「全部っていうのは、四獣珠だったら四つともが現存しているって、そういう意味よね?」
「うん、それ。でね、四獣珠の預かり手が、この場にあと二人いる。さよ子ちゃんの隣にいる髪の長い子と、バンドのヴォーカリストだよ。ほら、今からフロントに出てくる銀髪のやつ」
おれは煥を指差した。
白い長袖Tシャツの胸には、殴り書き風にプリントされた尖ったメッセージ――Stick it to the man、つまり「権力に反旗をひるがえせ」。ズボンは履き替えずに制服のままで、足元も革靴だ。うつむきがちで、目元は銀色の前髪に隠れてしまっている。
煥は何も言わず、オーディエンスのほうを向かずに真ん中に立った。ひどく静かでおとなしそうに見えた。オーディエンスの期待の歓声に呑まれて押し潰されちゃうんじゃないかって心配になるほど、孤独っぽく透き通った存在感だった。
文徳たちが奏でる音楽が、ふっと表情を変えた。
インストのイントロが鳴りやんで、唄の一曲目が始まる。まっすぐな響きの軽快なアップテンポ。走り出したくなるような雰囲気は、文徳が書く曲のメインエッセンスだ。
ああ、こいつの作る曲調やっぱ好きだな、と思って。
煥が息を吸ってマイクに口を寄せた。次の瞬間に紡ぎ出された声に、その声の溶け込むバンドサウンドに、心臓をつかまれた。脳ミソごと揺さぶられた。