玉宮駅の北口広場は、ストリートライヴのメッカらしい。十六歳以上で市の許可を取っているならば、二十一時まで演奏が許されると聞いた。
 さよ子さんたちが押さえていた場所は、最前列ではなかった。ヴォーカリストの正面、およそ十メートル離れた位置にある外灯の下だ。外灯の土台が花壇を兼ねて一段高くなっているから、縁のブロックに登れば、人の頭越しにバンドメンバーの姿が見える。
 ハイテンションに飛び跳ねながら手招きされたので、ぼくもさよ子さんたちの場所に合流した。花壇の下に立って、さよ子さんに尋ねる。
「もっと前に出ないんですか?」
「このあたりで聴くのが、いちばんキレイに聞こえるんです!」
 演奏が始まってすぐ、さよ子さんの発言の意味がわかった。
 瑪都流の編成は、ヴォーカル、ギター兼コーラス、ベース、キーボード、ドラム代わりのPCだ。スピーカーはそれぞれ一台ずつ、計五台を使っている。だから、場所によって音量のバランスが違う。
 ヴォーカルの入らないイントロが奏でられる。RPGのオープニングで冒険の始まりを告げるファンファーレのような、聴き手の期待を掻き立てる曲調。
 うまいな、と思った。ぼくは楽器をしたことがないから、音楽理論的にどうだということはわからない。ただ、体の芯にスッとなじむ音だと感じた。
 イントロが唐突に終わる。長身で栗色の髪のギタリストが、ヴォーカリストと視線を交わした。
 ヴォーカリストは、銀色の髪、琥珀色《アンバー》の目。左右で誤差の少ない、意表を突かれるほどに端正な顔立ちだ。銀髪の隙間からチタン合金製のリングのピアスがのぞいている。
 ああ、なるほど。
 彼が話題の人か。
 四獣珠の預かり手の、最後の一人。Tシャツの内側に隠したペンダントが、白く冴える光のようなものを発して、ひそやかに脈打っている。
 ぼくの観察は、しかしそこで、彼の声によって阻まれた。
 出だしからのいきなりのサビに揺さぶられた。


 モノクロな感情世界に どうか
 小さな光が降ります様に


 サイトで読んだ詞だ。銀髪の彼が書いているらしい。彼の名前は、伊呂波煥《いろは・あきら》。ぼくより一つ年下。さよ子さんと鈴蘭さんのお目当ての人だ。


 哀しみの色は黒
 眩《まぶ》しすぎる光に怯《おび》える僕に
 寄り添う影と同じ色

 哀しみよ
 いつでも君がいてくれるから
 孤独じゃないんだ
 喪《うしな》ったことが哀しいのは
 大事なものを喪ったせいだ

 モノクロな感情世界で迷子の僕が
 置き忘れてきた涙

 大事なものがあったんだと
 大事に思う心があったんだと
 黒い影の哀しみに寄り添われて
 僕はそれを知る

 一人でいても孤独じゃない


 不思議な声だ。
 甘い声ではない。深い声でもない。明るい声でもない。そんなふうに簡単に「モテる声」として記号化できる声ではない。
 しなやかに伸びる声だ。澄んでいて、少し硬い声だ。空気が一切の抵抗を放棄して彼に従って忠実に振動してみせるかのように、張り上げてもいない声がどこまでもよく通る。
 ぼくは目を閉じた。歌声にいざなわれて、音だけの世界へ連れ去られる。


 怒りの色は白
 遠い空に明るく燃える星の
 高すぎる体温と同じ色

 怒りよ
 自分じゃないものを想って
 心を燃やしたときに
 初めて
 濁らない色をした君に出会えたんだ

 モノクロな感情世界で見付けたよ
 貴方がいつか流した涙

 憎むんじゃなく 恨むんじゃなく
 僻《ひが》むんじゃなく 妬《ねた》むんじゃなく
 大事なものを想う純粋な
 怒りが此処に燃える

 貴方はいつも孤独じゃない


 ロック、という言葉が持つ荒々しい印象も内包している。けれど同時に、今にも壊れてしまいそうに儚《はかな》い。ひどく繊細な唄だ。
 詞の中に歌われた高温の天体を思った。
 数億歳の巨大な天体でも、誕生は一瞬の光だ。死もまた一瞬の光だ。その一瞬を観測できたら奇跡。
 そんな奇跡を、この目でいつか見てみたい。星空に目を凝らして、そこにひしめく無数の計算式の中から運命の一閃を見極めて、待ちかまえる。世界じゅうの宇宙物理学者や天文学者を動員して、ぼくの発見と理論を全世界で共有できたら。
 夢があるんだ。この先もずっと伸びていくはずの一枝の未来で、ぼくは、学び続けて生きていたい。
 目を閉じて、知覚し得る情報の量を落として、暗がりの中で自分自身をのぞき込む。心地よい音楽は、ぼくが無防備になることを許している。肩の力が抜ける。


 モノクロな感情世界で手を繋いで
 孤独じゃない一人と一人で

 混じらない様に 濁らない様に
 忘れない様に こぼさない様に
 別の色の感情を探しに
 僕達は歩き出す

 喜びの色は 空の色と丘の色
 楽しさの色は 花の色と夕日の色
 捕まえたら壊れるから
 そっと見つめるだけ


 モノクロな感情世界にいつか
 小さな虹が架かる様に