轟音をあげて吹き抜ける風になった。景色がするすると流れ去っていく。頬や耳をかすめて過ぎる空気が冷たい。脚も冷える。でも、煥先輩にくっついたところは温かい。
 革のジャケット越しには、体の感触はわからない。煥先輩にとっても、きっとそれは同じだ。よかった、と思う。胸のドキドキを聞かれずにすむ。
 毎日、時間をかけて上り下りする坂が、あっという間だった。わたしは自分の家のそばに降ろされる。魔法が解けた気分になった。
「ありがとうございました」
 ヘルメットと上着を煥先輩に返して、カバンを渡してもらう。煥先輩は何も言わない。
 バイク通勤の門衛さんが出てきたところで、煥先輩はサッとバイクを発進させた。
「鈴蘭お嬢さま、お帰りなさいませ。今のバイクの男は何者ですか?」
 門衛さんは煥先輩を知っているけれど、今はヘルメットで顔も髪も見えなかった。
「白虎の伊呂波よ。送り迎えをしてくれてる」
 門衛さんはわたしのカバンを持ちながら、眉をひそめた。
「彼は十六歳ではありませんでしたか?」
「そうだけど」
「大型バイクの免許は、満十八歳でなければ取得できません。彼の年齢で、あんな大型を乗り回すなんて」
 法律違反だったんだ。暴走族。不良少年。銀髪の悪魔。忘れていた言葉が頭によみがえる。
 わたしは門衛さんの腕をつかんだ。
「お願い、このことは内緒にして。煥先輩の免許の件、母が知ったら」
「わかりました。私からは何も申し上げません。奥さまにも大奥さまにも口外しませんから」
「ありがとう」
 門衛さんは、お人好しそうに笑った。
「カッコよかったですね。リッター超えのモンスターマシンだったでしょう? 十六歳の少年が、あんなにスムーズに乗りこなすとは。彼自身はずいぶんと細身の体つきなのに」
「すごいことなの?」
「素晴らしい運動能力の持ち主ですね。私などでは、あのマシンに振り回されるのがオチです。いやぁ、憧れますね」
 バイク好きの門衛さんは、子どもみたいに目を輝かせている。ふと、尾張くんを思い出した。煥先輩のケンカの強さに憧れて、カッコいいと言っていた。
 煥先輩って、男の人から見てもカッコいいんだ。バイクやケンカが価値って感覚はよくわからないけれど、わたしは嬉しくなった。
 ほわほわと舞い上がりかけたところで、唐突に、煥先輩が放った言葉が頭をよぎった。「バイクなら、間が持たないなんてこともない」と。
 ガン、と撃ち落とされた気分になった。
 いきなり気付いた。バイクに乗っていたら話をしなくて済むって意味だ。
「残酷すぎる……」