通りを歩きながら、あたしはあちこちに目を奪われてしまう。
 小間物《こまもの》屋さんが背負子《しょいこ》を下ろして、赤い毛氈《もうせん》の上に商品を広げた。くし、かんざし、おしろい、口紅。かわいいものがたくさんある。女の子たちが集まっていく。
 歩みが緩んだあたしに、斎藤さんが気付いて、あたしの背中をそっと押した。見てくればいい、と無言であごをしゃくる。
 沖田さんが数歩先で足を止めてあたしの様子を見て、仕方ないな、と笑った。
 うん、わかっています。見るだけですから。
 あたしは小間物屋さんのところにしゃがみ込んだ。あたしだってお年頃なんだけど、小柄なせいで、子どもっぽいと言われてしまう。口紅なんて、きっとまだ似合わない。だから、買うつもりはない。ただ、少し手に取ってみるだけ。
 口紅が入った小さな白い陶器には、牡丹の花が描かれていた。ふたを開ければ、大人の紅色。いいな。キレイ。でも。
 憧れと未練を振り切って、あたしは小間物屋さんに口紅を返そうとした。
 その手を、つかんで止められる。カサリと硬い、左の手のひら。斎藤さんだ。黙ったまま、斎藤さんはあたしの手に口紅を握らせて、小間物屋さんに代金を支払った。
 ありがとうございます、と、あたしは慌てて言った。
 ――別に。
 斎藤さんは陶器のふたを外すと、左手の薬指で、紅をすくった。目を合わせてはくれない。 斎藤さんの薬指が、あたしの唇に触れる。紅が塗られる。正確なはずの左手が、かすかに震えている。
 男の人の指先に付いた紅色が、とても色っぽい。
 あ、ありがとう、ございます……。
 ドキドキしながら頭を下げて、斎藤さんを見上げたら、急いで目をそらされた。
 ――鏡が、ないから。
 自分では塗れないだろう、と。
 沖田さんが斎藤さんを肘でつついた。
 ――隅に置けないな。
 沖田さんはあたしに、いたずらっぽい表情を見せた。じっとしててね、と。
 うなずいたあたしは、沖田さんの左手に、あごをつままれる。ああ、沖田さんって背が高いなと、真っ白になった頭で考えた。
 沖田さんの右手には、かんざしがある。青い石が一つだけ付いた、とても上品な雰囲気の。あたしの結い髪に、かんざしが差される。
 ――大人っぽくなったよ、優歌。
 ニコリとした沖田さんが満足そうに言う。沖田さんの指が、あたしのあごから離れていく。お礼を言いながら、あたしは少し寂しい。
 江戸の町を歩いていく。
 子どもたちが沖田さんを見付けた。じゃれついてくる子どもたちと、ひととおり遊んでやって。
 ――じゃあ、今日は用事があるから。
 沖田さんが笑顔で手を振った。はぁい、と小さな子どもたちは聞き分ける。でも、おませな女の子が一人、口をとがらせた。あたしを指差して、不満そう。
 違いますよ? あたしは沖田さんにとって、ただの……ただの、何だろう?
 まごまごするあたしを横目に、沖田さんは楽しそうにクスクス笑っていた。
 一方、斎藤さんはずっと子どもたちから離れていて、落ち着かなげだった。
 ――接し方がわからない。
 本当は遊んであげたいんですか? あたしが尋ねると、斎藤さんは小首をかしげた。少し考えてから出された答えは、はいでもいいえでもなかった。
 ――いつか、おれに子どもができたら、どうしよう?
 純粋そうな目で困ってみせる斎藤さんに、あたしも沖田さんも、ついつい笑ってしまった。斎藤さんはちょっとむくれていた。