初生が、きょとんと首をかしげた。
「イケメンって、ゲームのCGでしょ? だいたいみんなカッコいいと思うけど」
 あたしは人差し指を左右に振ってみせた。
「わかってないなぁ、初生は。ピアズのアバターはね、ユーザの顔がベースなの。3Dスキャナで顔の画像を取り込んで、それをピアズのキャラっぽくデフォルメするのね。だから、元がイケメンだったら、やっぱわかるんだよ!」
 西暦2050年、オンラインRPG『PEERS' STORIES』は公開された。今から8年前のことだ。
 2058年の今、インターネットの世界は規制や管理が厳しくて、利用するには、現実の戸籍と同じくらいキッチリしたIDが必要だ。40年くらい前までは、全然そんなんじゃなかったらしいけど。
「2年前だったかな、ピアズで『姿を自在に変えられること』が問題になったのね。匿名性か透明性かで揉めたらしいんだけど、結局、ユーザは自分ベースのアバターを使うことがルールになったの。声も、コンピュータ合成のやつは使用不可になったし」
 ネットの世界で、自分じゃない誰かの仮面をかぶる。それって演劇みたいで、あたしはけっこうワクワクするんだけど、行き過ぎると怖いかなとも思う。ネットの自分と現実の自分がバラバラになりそう。
 実際、昔は、自分がバラバラになった人たちがいた。彼らがネットを使って大きな犯罪を起こした。「人を売る」ことが平気でおこなわれたんだ。個人情報はもちろん、戸籍や臓器、あるいは人間まるごと全部を売る闇サイトがうじゃうじゃしてたらしい。
 世界的に蔓延したその大犯罪をきっかけに、ネットの世界は徹底管理されることになった。
 当然ながら、オンラインゲームなんて、何十年もの間、存在しなかった。今は、ピアズだけが政府の指導の下で公認されている。1日のプレイ時間は4時間までとか、プライバシー公開は厳罰にて対処とか、うっとうしいルールもいっぱいくっついてるけどね。
「とにかくね、ニコルさんって、ほんっとカッコいいんだから!」
 雪山のボス戦フィールドで、あたしが操るルラのセーブデータとニコルさんたちのが混ざった。正確には「ボス戦終了後のニコルさんたちのデータにルラが混入」って形だ。
 簡単な自己紹介の後、ニコルさんはあたしに握手を求めた。もちろん、ニコルさんと握手したのはルラで、あたしの手はコントローラを握ったままだったけど。
 うっとりしちゃいました。いや、うっとりなんてかわいいレベルを通り越して、溶けるかと思った。にやけまくり、デレまくり。リアルだったらドン引きされてたかも。
 ディスプレイに映ったニコルさんの優しい笑顔がほんとヤバかった。丁寧な話しぶりと親切な物腰も理想的だし。しかも、プロの声優さん並みのイケボ。めっちゃ好みのステキボイス。柔らかくて透明感があって伸びやかで。