俺のばあちゃんはよく物をなくす

またか、と思った。


床に這いつくばるようにしている背中を見て、ため息が出る。


「どこに行ったんだろうねえ」


わざとらしく聞こえてくる言葉に、呆れてものも言えない。


「そうだ。叶人(かなと)、どこにあるか知らないかい?おばあちゃんのお財布」


俺を見上げるばあちゃんは、恐ろしく小さい。


昔は大きくて、俺を暖かく包んでくれるような人だったのに。
いつからこんなに小さくなったのだろう。


いや、俺が成長しただけなのか。


「……知らないよ」
「そうかい……」


肩を落としてまた探し始める。
付き合ってられないと食卓に向かうと、ばあちゃんが探している財布が目の前にあった。


……しっかりしてくれよ。


「ばあちゃん、あったよ」


財布を持って見せると、ばあちゃんは嬉しそうに笑った。


「ありがとう。ありがとう、叶人」


どんな状況でも、感謝されると嬉しいような照れるような、なんだかくすぐったい気持ちになる。


「叶人がいなかったらおばあちゃん、生きていけないね」
「……大袈裟」


その声が自分でも驚くくらい、冷たかった。
しまったと思ってばあちゃんを見ると、切なそうに眉を下げている。


「……昼、何がいい?」


メニューを聞いただけなのに、すぐにばあちゃんに笑顔が戻った。


「叶人が作るご飯はどれも美味しいから、何がいいか迷うね。叶人が食べたいものでいいよ」


ばあちゃんはそう言うと、どこかに行ってしまった。
食べたいものがないから聞いたのに、と思いながら冷蔵庫を開ける。


ばあちゃんと暮らすようになってから、家事はほとんど俺がやってる。
ばあちゃんに任せてもいいけど、ああいうボケが始まったのを見ると、なんだか不安になるから、やらせない。


俺の両親は、俺が小さい頃に離婚した。
それからは父親と暮らしていたけど、女ができて邪魔になったと追い出されたのが今年の春。


一人暮らしをしたかったけど、まだ中学卒業したばかりで、許されなかった。


今となっては、父親が自分の母親の面倒を見たくなくて、押し付けてきたんじゃないかとか思う。


作り終えたものを食卓に並べ、ばあちゃんを呼びに行く。


ばあちゃんは本棚の前にいて、何かを本棚に入れていた。


「ばあちゃん、ご飯できた……」


声をかけている途中に、座っていたばあちゃんは横に倒れた。


「ばあちゃん!?」


慌てて駆け寄ると、ばあちゃんの額に冷や汗が浮かんでいた。
俺は急いで救急車を呼んだ。


ばあちゃんは持病があったらしい。
それが悪化して、倒れた。


「しばらく入院してもらって、様子を見ましょう」


担当医にそう言われ、入院に必要なものを取りに帰った。


着替えや暇つぶしになりそうなものを揃えていく。
そのとき、ふとばあちゃんが倒れたところが目に付いた。


ばあちゃんは本が読めない。
歳をとって、字が小さくて読めなくなったと残念そうに話していたのは記憶に新しい。


それなのに、本棚の前にいた。


何を、していたんだろう。


俺はばあちゃんと同じように座り込む。


ばあちゃんはどこを見ていた?
いや、どこに何を入れたんだ?


一番下の段、左から背表紙に指を当てながら右に移動する。
二列目に入って真ん中あたりで、違和感があった。


誰も触っていない本棚には当然ホコリが溜まっているのだが、そこだけホコリが動いているように見えた。


三冊ほど取り出す。
それは、俺が昔ばあちゃんに買ってもらった絵本だった。


本の間には何もない。
一冊ずつ開いていくと、三冊目の途中に封筒が挟まっていた。


『叶人へ』


ばあちゃんの字だった。
俺はその封筒から便箋を取り出す。