彼女に、別の男? そんなこと、考えてもみなかった。
いきなり突きつけられた話に、狼狽し、正志は黙り込む。ユキはそれを静かな瞳で見ていた。
「正志さん、目を、閉じてください」
「え?」
「閉じて、ください」
「ぁ、はい」
有無を言わさぬ口調で告げられ、慌てて目を閉じる。
なんだろう? まかさキスでもしてくれるのか?
あり得ないだろうに、そんな妄想をし、身体が火照る。ドキドキしながらユキの動きを全身で追おうとした。鼓動が早まる。
「なにが見えますか?」
「え? いや、なにも……」
彼女がなにを言いたいのかわからず、ただ口ごもる。目を閉じたら何も見えない。当たり前の事実だけを答えると、ユキはそんなことはないと話を続けた。
「額の中心に意識を集中して、そこに光が見えるハズです」
「光?」
「はい、見えませんか?」
「え、ぁあ、いや……」
よくわからないと答えると、ユキはそんなことはない、もっとよく見てと話す。すると、不思議なことに、そこに光があるような気がして来た。
「見えました?」
「……はい」
「じゃあその光を見つめて……そこに、誰かいるでしょう?」
「え? 誰?」
「誰か、です……そこにいます、見つめてください」
わけがわからず、正志はその微かな光を見つめた。するとそこに、ぼんやりと、人影らしきものが浮かんで見えた。だが誰だかわからない。
「見えましたか?」
「はい」
「そこにいる人が、あなたの真に愛する人です」
でも誰なのかぼんやりしていてよくわからないんですと話すと、ユキは今にはっきりわかるようになりますよと言った。その声があまりに確信めいていて、信じそうになる。
ユキも、そうなのだろうか。目を閉じて、そこに映る誰かを、思いつづけているのだろうか。……誰を、見ているのだろう?
湧き上がる思いを抑えきれず、思わず口に出す。
「ユキさんは誰を見てるんですか?」
「え?」
「っきの(写真の)男、ですか?」
鋭く切り込んでいくと、ユキは少し戸惑った表情で、半歩下がった。そこに、彼女の迷いが見える気がした。
「そいつはなんで今ここにいないんです? あなたはなぜ一人でここに居るんです? いや、そうじゃない、ユキさんの望む人、それは誰ですか?」
問い詰めると、ユキは困惑した表情で視線をそらせ、黙り込む。その顔を見て勝手に納得した。ユキは、あの男を愛しているのだ。そして、そいつにはもう、会えない。
どういう事情かは知らない、知りたくもない。だが許せなかった。彼女は、そんなに簡単に踏み躙られていい人じゃない。
つい気合いが入り、彼女の腕を取る。ユキは一瞬ギクリとしたような、怯えた目をした。しかし、それは本当に一瞬だ。すぐいつもの気丈な表情になり、正志の手を振り払う。
「あなたには、関係ありません」
冷たい返事に心が逸る。逆に煽られた気分だ。
正志は自分を睨むユキを見つめ返し、関係ありますよと叫んだ。
「僕はあなたが好きです! だから許せないんだ、なぜそいつは今、ここに、あなたの傍にいないんですか!」
「好き? 私を?」
勢いで告白すると、ユキはなぜだか不愉快そうに眉間に皺をよせた。なにか気に障ることを言ったろうかと、つい気後れになる。すると彼女は臆した正志に追い討ちをかける。
「私のどこが? あなたは私のなにを知ってるというんですか?」
「知りませんよ、そりゃ……でも好きになるのに理由なんてないでしょう? あなたは素敵な人だ」
出会って三日で好きになったと言っても胡散臭い。彼女にそう思われても仕方がないとは思う。自分だって、告白するには早過ぎるとは思っていた。だが、母の話が背中を押した。
彼女は妊娠している。たった一人でこんな田舎町にやってきて、一人で生んで、一人で育てる気でいる。そう思えば黙っていられない。まだ若いのに、こんなに美しい人なのに、なんでそんな道を選ぶんだ? そんな男の子供など、生む価値はない。今からでもいい、いい医者にかかって、始末してもらえば、やり直せるハズだ。そして次の恋を探すべきだ。
恋心に目が眩んでユキに迫る。
「あなたは僕に食事を作ってくれた、疲れた顔をしてると言って、温かい食卓を用意してくれた、あなたは優しい人だ、そして美しい、そんなあなたが人生を台無しにするのを見過ごせない!」
「それは私が決めることです」
「それが間違ってると思ったら止めたい、そう思うのは、あなたを愛する者として、当然でしょう!」
「愛する? 私を、ですか?」
「そうです」
少し怯んだように見えるユキに、正志は自信満々の即答で返事をする。あなたが好きです、出会って間もなくても、愛してるんですと真剣に見つめた。だが彼女は、数秒の沈黙の後、冷めた目で睨むように正志を見つめた。声が冷たい。
「私のどこが好きですか?」
「え、や、全部ですよ、あなたは美しい、料理上手で、さらに優しい、素晴らしい女性だ」
「美しい? では、私が醜かったら? 事故かなにかで大怪我をして、寝たきりになったら? 二目と見られぬ醜い顔になって、料理どころか、一人で排泄も出来ないようになったら? それでもあなたは私を好きだと言えますか?」
「え? いや、そんな仮定の話、わかるわけないですよ、やめてください」
「仮定じゃないです、いつ何が起きるかなんて、誰にもわかりませんよ、私がそうならないという保障はないです」
「そりゃ……でも」
「私がそうなったとき、それでもあなたは、私を好きと言えますか? そうでないなら、それは錯覚です」
自分の告白を迷惑だとでも言うように、ユキは頑なに錯覚だ、思い込みだと決め付ける。だが、そう言われれば言われるほど、正志のほうも意地になった。
「じゃああなたはどうなんです? あなたはその男が寝たきりになっても、愛してると言えるんですか?」
言えるわけがない、誰だって迷うはずだ。形だけは出来ると頷いたとしても、そこに本音はない。そう思って聞き返した問いに、だがユキは、言えますと即答した。
「当然です、その覚悟がなく、私が今、こうしているとでも?」
「ぇ、や、でもそれは……」
心外だとでも言いたげに、ユキは真剣な目をしていた。その迫力に押され、正志は口ごもる。すると彼女は、ふうと息を吐き、落ちて来た前髪をかき上げながら、視線を逸らした。少し疲れたような足取りで窓の近くまで歩き、両腕を組んで佇む姿は、それまで正志が見てきた彼女とは別人のようだ。
「正直、自分に人を愛すことが出来るとは、思っとらんかった」
「え?」
いきなり話はじめたユキは、言葉遣いも雰囲気も、その全てが今までとまるで違っていた。その目は正志のほうをチラリとも見ず、視線は窓の外だ。
彼女が見ているのは、砂浜や海などではない。どこか遠くに、いるのだろう、その男だ。静かに話しながらも、彼女の瞳はただ熱かった。
「戯れに情を交わすことは出来ても、本当に本気で人を愛することなどないと思っとった……それをあいつは」
「あいつ……って?」
あの写真の男か? そう問いたかったが、声にならなかった。それは、彼女の肩が、横顔が、そのわけも、相手についても、なにも語ることは出来ないと、切なさに震えているのを見たからだ。
彼女は、その男を愛している。自分の全てを捨ててもかまわないほど、深く熱く、愛している。そう気づいたとき、正志は目の奥が熱くなるのを感じた。彼女の思いが健気で、なお更に愛しさが増す。
ユキは、全てを許している。自分の傍にいない男のことも、一人で生きることも、全部飲み込んで、ここにいるのだ。それほどに、彼女の愛は深い。自分ではダメなのだ……そうと気づいても、愛しさだけは消えなかった。
「だから生むんですか?」
「え……?」
「すみません、母に、あなたが妊娠してると聞いて……つい」
唐突に聞いた言葉に、ユキが振り向く。ちょっといきなり過ぎたかもしれないと正志も、慌てて言い繕った。するとユキは、ああと、腑に落ちた表情で頷き、小さく笑った。
「正志さん、あなたはなにか勘違いをしています」
「勘違い、ですか?」
「ええ、勘違いです……私は不幸でもなければ、一人きりなわけでもありません」
「え、じゃあ……」
「たしかに、ここへは一人で来ました、あなたの思うとおり、子供を生むために……でもそれは私が望んだことです」
落ち着いた声で話すユキに、正志はなぜと聞き返した。しかし彼女は答えない。ただ静かな面が、その男への尽きることのない愛を語る。
遅かったのだ。この人に愛を語るには、出会うのが遅過ぎた。せめて、彼女がその男に出会う前に会っていれば……。
そこまで考えて、自分の愚かさに笑った。
そいつより早く彼女に会っていたとして、何だというんだろう? それで彼女が自分を見てくれると本気で思うのか? 子供が出来たと言ってきた恋人を捨てて逃げ出すような卑怯者を、彼女が愛すると、本気思うのか? だとしたら大馬鹿だ。
彼女がこれほどに思う男だ、きっと相手の男も凄い奴なのだろう。自分が敵うはずがない。
「あなたは、自分の気持ちから逃げている、彼女のことをどうするか、その結論を先延ばしにしたいんです、だから私にそんなことを言う」
「それは違います!」
思わぬ言葉に、つい反論したが、図星かもしれないと思う心が勝り、歯切れは悪くなった。正志の迷いを見透かすように、ユキは正面から正志を見つめる。
「あなたが迷う気持ちもわからなくもない、ですよ……でも、子供は待ってくれません、こうしている間にも、刻々と成長しています」
「そ、う……ですね」
その通りなので反論も出来ない。するとユキは少し余所余所しい笑みを浮かべた。
「彼女を愛してるかそうでないか、それは自分の胸に聞いてください、本当はあなたにもわかっているはずです、ただそうと気づくのが怖いだけでしょう?」
「怖い?」
「はい、彼女を愛してないと気づいてしまえば、自分がいかにも悪者だ、だからその結論から逃げてる、そうじゃないですか?」
そうかもしれない。
そのとき正志は素直に、そう思った。その正志に、ユキはさらに問う。
「彼女のどこを好きになったんですか?」
「どこ?」
「はい、それほどの気持ちはなくても、付き合おうと思った切欠はあるでしょう? なぜ、彼女を恋人に選んだんですか?」
「なぜ……?」
いきなり突きつけられた話に、狼狽し、正志は黙り込む。ユキはそれを静かな瞳で見ていた。
「正志さん、目を、閉じてください」
「え?」
「閉じて、ください」
「ぁ、はい」
有無を言わさぬ口調で告げられ、慌てて目を閉じる。
なんだろう? まかさキスでもしてくれるのか?
あり得ないだろうに、そんな妄想をし、身体が火照る。ドキドキしながらユキの動きを全身で追おうとした。鼓動が早まる。
「なにが見えますか?」
「え? いや、なにも……」
彼女がなにを言いたいのかわからず、ただ口ごもる。目を閉じたら何も見えない。当たり前の事実だけを答えると、ユキはそんなことはないと話を続けた。
「額の中心に意識を集中して、そこに光が見えるハズです」
「光?」
「はい、見えませんか?」
「え、ぁあ、いや……」
よくわからないと答えると、ユキはそんなことはない、もっとよく見てと話す。すると、不思議なことに、そこに光があるような気がして来た。
「見えました?」
「……はい」
「じゃあその光を見つめて……そこに、誰かいるでしょう?」
「え? 誰?」
「誰か、です……そこにいます、見つめてください」
わけがわからず、正志はその微かな光を見つめた。するとそこに、ぼんやりと、人影らしきものが浮かんで見えた。だが誰だかわからない。
「見えましたか?」
「はい」
「そこにいる人が、あなたの真に愛する人です」
でも誰なのかぼんやりしていてよくわからないんですと話すと、ユキは今にはっきりわかるようになりますよと言った。その声があまりに確信めいていて、信じそうになる。
ユキも、そうなのだろうか。目を閉じて、そこに映る誰かを、思いつづけているのだろうか。……誰を、見ているのだろう?
湧き上がる思いを抑えきれず、思わず口に出す。
「ユキさんは誰を見てるんですか?」
「え?」
「っきの(写真の)男、ですか?」
鋭く切り込んでいくと、ユキは少し戸惑った表情で、半歩下がった。そこに、彼女の迷いが見える気がした。
「そいつはなんで今ここにいないんです? あなたはなぜ一人でここに居るんです? いや、そうじゃない、ユキさんの望む人、それは誰ですか?」
問い詰めると、ユキは困惑した表情で視線をそらせ、黙り込む。その顔を見て勝手に納得した。ユキは、あの男を愛しているのだ。そして、そいつにはもう、会えない。
どういう事情かは知らない、知りたくもない。だが許せなかった。彼女は、そんなに簡単に踏み躙られていい人じゃない。
つい気合いが入り、彼女の腕を取る。ユキは一瞬ギクリとしたような、怯えた目をした。しかし、それは本当に一瞬だ。すぐいつもの気丈な表情になり、正志の手を振り払う。
「あなたには、関係ありません」
冷たい返事に心が逸る。逆に煽られた気分だ。
正志は自分を睨むユキを見つめ返し、関係ありますよと叫んだ。
「僕はあなたが好きです! だから許せないんだ、なぜそいつは今、ここに、あなたの傍にいないんですか!」
「好き? 私を?」
勢いで告白すると、ユキはなぜだか不愉快そうに眉間に皺をよせた。なにか気に障ることを言ったろうかと、つい気後れになる。すると彼女は臆した正志に追い討ちをかける。
「私のどこが? あなたは私のなにを知ってるというんですか?」
「知りませんよ、そりゃ……でも好きになるのに理由なんてないでしょう? あなたは素敵な人だ」
出会って三日で好きになったと言っても胡散臭い。彼女にそう思われても仕方がないとは思う。自分だって、告白するには早過ぎるとは思っていた。だが、母の話が背中を押した。
彼女は妊娠している。たった一人でこんな田舎町にやってきて、一人で生んで、一人で育てる気でいる。そう思えば黙っていられない。まだ若いのに、こんなに美しい人なのに、なんでそんな道を選ぶんだ? そんな男の子供など、生む価値はない。今からでもいい、いい医者にかかって、始末してもらえば、やり直せるハズだ。そして次の恋を探すべきだ。
恋心に目が眩んでユキに迫る。
「あなたは僕に食事を作ってくれた、疲れた顔をしてると言って、温かい食卓を用意してくれた、あなたは優しい人だ、そして美しい、そんなあなたが人生を台無しにするのを見過ごせない!」
「それは私が決めることです」
「それが間違ってると思ったら止めたい、そう思うのは、あなたを愛する者として、当然でしょう!」
「愛する? 私を、ですか?」
「そうです」
少し怯んだように見えるユキに、正志は自信満々の即答で返事をする。あなたが好きです、出会って間もなくても、愛してるんですと真剣に見つめた。だが彼女は、数秒の沈黙の後、冷めた目で睨むように正志を見つめた。声が冷たい。
「私のどこが好きですか?」
「え、や、全部ですよ、あなたは美しい、料理上手で、さらに優しい、素晴らしい女性だ」
「美しい? では、私が醜かったら? 事故かなにかで大怪我をして、寝たきりになったら? 二目と見られぬ醜い顔になって、料理どころか、一人で排泄も出来ないようになったら? それでもあなたは私を好きだと言えますか?」
「え? いや、そんな仮定の話、わかるわけないですよ、やめてください」
「仮定じゃないです、いつ何が起きるかなんて、誰にもわかりませんよ、私がそうならないという保障はないです」
「そりゃ……でも」
「私がそうなったとき、それでもあなたは、私を好きと言えますか? そうでないなら、それは錯覚です」
自分の告白を迷惑だとでも言うように、ユキは頑なに錯覚だ、思い込みだと決め付ける。だが、そう言われれば言われるほど、正志のほうも意地になった。
「じゃああなたはどうなんです? あなたはその男が寝たきりになっても、愛してると言えるんですか?」
言えるわけがない、誰だって迷うはずだ。形だけは出来ると頷いたとしても、そこに本音はない。そう思って聞き返した問いに、だがユキは、言えますと即答した。
「当然です、その覚悟がなく、私が今、こうしているとでも?」
「ぇ、や、でもそれは……」
心外だとでも言いたげに、ユキは真剣な目をしていた。その迫力に押され、正志は口ごもる。すると彼女は、ふうと息を吐き、落ちて来た前髪をかき上げながら、視線を逸らした。少し疲れたような足取りで窓の近くまで歩き、両腕を組んで佇む姿は、それまで正志が見てきた彼女とは別人のようだ。
「正直、自分に人を愛すことが出来るとは、思っとらんかった」
「え?」
いきなり話はじめたユキは、言葉遣いも雰囲気も、その全てが今までとまるで違っていた。その目は正志のほうをチラリとも見ず、視線は窓の外だ。
彼女が見ているのは、砂浜や海などではない。どこか遠くに、いるのだろう、その男だ。静かに話しながらも、彼女の瞳はただ熱かった。
「戯れに情を交わすことは出来ても、本当に本気で人を愛することなどないと思っとった……それをあいつは」
「あいつ……って?」
あの写真の男か? そう問いたかったが、声にならなかった。それは、彼女の肩が、横顔が、そのわけも、相手についても、なにも語ることは出来ないと、切なさに震えているのを見たからだ。
彼女は、その男を愛している。自分の全てを捨ててもかまわないほど、深く熱く、愛している。そう気づいたとき、正志は目の奥が熱くなるのを感じた。彼女の思いが健気で、なお更に愛しさが増す。
ユキは、全てを許している。自分の傍にいない男のことも、一人で生きることも、全部飲み込んで、ここにいるのだ。それほどに、彼女の愛は深い。自分ではダメなのだ……そうと気づいても、愛しさだけは消えなかった。
「だから生むんですか?」
「え……?」
「すみません、母に、あなたが妊娠してると聞いて……つい」
唐突に聞いた言葉に、ユキが振り向く。ちょっといきなり過ぎたかもしれないと正志も、慌てて言い繕った。するとユキは、ああと、腑に落ちた表情で頷き、小さく笑った。
「正志さん、あなたはなにか勘違いをしています」
「勘違い、ですか?」
「ええ、勘違いです……私は不幸でもなければ、一人きりなわけでもありません」
「え、じゃあ……」
「たしかに、ここへは一人で来ました、あなたの思うとおり、子供を生むために……でもそれは私が望んだことです」
落ち着いた声で話すユキに、正志はなぜと聞き返した。しかし彼女は答えない。ただ静かな面が、その男への尽きることのない愛を語る。
遅かったのだ。この人に愛を語るには、出会うのが遅過ぎた。せめて、彼女がその男に出会う前に会っていれば……。
そこまで考えて、自分の愚かさに笑った。
そいつより早く彼女に会っていたとして、何だというんだろう? それで彼女が自分を見てくれると本気で思うのか? 子供が出来たと言ってきた恋人を捨てて逃げ出すような卑怯者を、彼女が愛すると、本気思うのか? だとしたら大馬鹿だ。
彼女がこれほどに思う男だ、きっと相手の男も凄い奴なのだろう。自分が敵うはずがない。
「あなたは、自分の気持ちから逃げている、彼女のことをどうするか、その結論を先延ばしにしたいんです、だから私にそんなことを言う」
「それは違います!」
思わぬ言葉に、つい反論したが、図星かもしれないと思う心が勝り、歯切れは悪くなった。正志の迷いを見透かすように、ユキは正面から正志を見つめる。
「あなたが迷う気持ちもわからなくもない、ですよ……でも、子供は待ってくれません、こうしている間にも、刻々と成長しています」
「そ、う……ですね」
その通りなので反論も出来ない。するとユキは少し余所余所しい笑みを浮かべた。
「彼女を愛してるかそうでないか、それは自分の胸に聞いてください、本当はあなたにもわかっているはずです、ただそうと気づくのが怖いだけでしょう?」
「怖い?」
「はい、彼女を愛してないと気づいてしまえば、自分がいかにも悪者だ、だからその結論から逃げてる、そうじゃないですか?」
そうかもしれない。
そのとき正志は素直に、そう思った。その正志に、ユキはさらに問う。
「彼女のどこを好きになったんですか?」
「どこ?」
「はい、それほどの気持ちはなくても、付き合おうと思った切欠はあるでしょう? なぜ、彼女を恋人に選んだんですか?」
「なぜ……?」



