「優しくなんかないよ……。ただの自己満足。出しゃばってるだけ……」
 でも、そんな自分を卑下するようなことを、昔の私だったら決して言わなかったようなことを口にしたら、変に深読みをされてしまうかもしれない、という危惧から、言葉は囁きになった。
 聞き取れなかったらしく、千秋が「え?」と訊き返してきたけれど、「なにも」と答えた。
 油断してた、気を引き締めなきゃ。自分にそう言い聞かせる。彼らには――彼にだけは、絶対に知られたくない。ひとつの言葉にも細心の注意を払え。
 平静を装うために、何気ないふうで空を見上げる。
 裏庭の真ん中には、五階建ての校舎よりもずっと背の高い、大きな大きな銀杏の木が生えていた。今の季節は、青々とした葉を繁らせている。目を落とすと、梢の隙間を通り抜けてくる白い木洩れ陽が、落ち葉に覆われた地面を複雑な網目模様で彩っていた。
 秋になるとこの木は、全て鮮やかな黄色に染まるのだろう。そのころにも私は、まだ今と同じような状況なのだろうか。きっとそうだろう。たぶん、クラス替えがあるまで変わらない。来年もあいつらと同じクラスだったら、来年も変わらないだろうと思う。もしかしたら再来年も。
 どくどくと胸が早鐘を打つ。でも不思議と心はすうっと落ち着いていた。
 どうでもいい。あんなやつらが私になにをしようが、どうでもいい。やりたいなら勝手にやればいい。私は心を凪の海のように静めた。
「……とりあえず!」
 私は気を取り直すように、少し大きな声で言った。
「来月文化祭があるから、そこでなにかサークルの活動発表とか展示とかできないか、先生にかけあってみよう」
「発表! 展示!」
「なんか楽しそうー」
 冬哉と春乃が目を輝かせてぱちぱちと手を叩く。
「文化祭で展示か、よさそうだね。時期も決まってて動きやすいし、さすが光夏だね」
 千秋もそう言って微笑んだ。
 さすが光夏、という言葉は、久しぶりに言われた。小学校のときも中学校のときもよく言われていて、私はそれを正面から受け取り、褒められているのだと少しいい気分になっていたと思う。
 今となっては、さすが、なんて言葉は、耳に痛いだけだ。自分がそんなに優れた人間ではないと、分かってしまったから。
 いつだってクラスの中心にいて、行事のたびに積極的に動いていた私は今、クラスの幽霊になって教室の片隅で息を殺している。
つまり、私はそういう人間だということだ。