勢い良く扉を開け、思い切り目立つように叫んだ。今まさに高山に迫ろうとしていた男たちの目が、一斉にユキを見る。当然、注射器を翳していた男の動きも止まった。
まずは成功だ。
だがこれからどうする……?
人数が多過ぎる。高山を庇いながら、その全てを倒す自信は、さすがにない。だがやるしかない。形勢は圧倒的にこちらが不利なのだ、小細工を労するしかやりようはない。あまり自信はないが、これしかないなとユキも覚悟を決めた。
「なんだテメエ、こいつの知り合いか?」
いきなりの侵入者に男たちが凄む。ユキは最初、相手の油断を誘うため、普通の女のふりをするつもりでいた。だが、普通の女がどんな感じなのか、今一つわからない。適当な女言葉を選んで喋ってみても、付け焼刃ではすぐにボロが出るだろう、それに面倒臭い。
仕方ないので、いつもどおりに答えた。
「ああ、そうや」
「なにしにきた? 薬の話を聞いたのか?」
「なんやそれは、詳しい話は聞いとらんで、面倒に巻き込まれたと聞いとっただけや」
「で、恋人を助けに来たって事か? 健気だなお嬢さん」
「そやな……そいつは俺にとって大事な男なんや、ここらで返してもらえんかな?」
これできちんと女言葉でも話して、可愛らしく泣いて見せれば真実味があるんだろうなと思ったが、あいにく自分はそれほど芸達者ではない。とりあえず睨むのだけはやめて、その男を返してくれと、頭を下げた。
「けっ、そうは行くかよ」
当然相手は承知しない、それはユキも計算の上だ。用は高山に近づければいいのだ。
「そうか、残念やな、ならせめて一緒におらせてもらえんか?」
静かに話すと、男らは面白そうに頷いた。幾人かはまだ疑り深そうに口を閉じているが、概ね油断は誘えたようだ。
ユキは、相手を警戒させないようにゆっくり近づきながら、いくぶんかしおらしく、頼むと媚売った。
「な、頼むわ、ここまで来たら、どうせ俺もただでは帰られへんのやろ? なら最後くらい惚れた男とおりたいやんか」
「男のために死を覚悟か? いい女だ」
「俺もそう思うわ、だから、な?」
ニコリと微笑んで見せると、男らも、いいだろうと頷く。そこでユキは高山の前まで歩き、その様子を観察した。
高山は腫れぼったくなった目を微かに開き、上目遣いにユキを見ている。この女は誰だと思考を巡らせているのが、眼球の僅かな動きからもわかった。とりあえず、意識だけはきちんとありそうだ。
「な、キスしてもええかな?」
「は? 正気か? 今ここでやるってのかよ」
「ああ、どうせ最後は殺すんやろ? 死ぬ前にしときたいやんか、五分でええからさ」
怪訝な顔の高山を見つめながら、ユキは背後の男らに話した。男たちも、まさかそんな要求をされるとは思わなかったのだろう、驚いて声が上擦る。どんなときでも、色事は男の油断を誘う。例に漏れず、そいつらも、気を緩めた。
いい傾向だと頭で計算しながら、さらに近づく。
「こいつはつれない男でな、俺はいつも焦れとった、キスくらいええやんか、減るもんやなし」
高山の顎に手を伸ばし、夢見るような声で話すと、背後の男らも息を飲む。そこでユキも、ここが押し所だと声に艶を含ませた。
「な、後生や、最後くらい、いい目見さしてや」
思い切り媚売った甘い声で頼むと、先頭にいた長髪の男は、いいだろうと頷いた。
成功だ。
「けど五分は長過ぎるだろ、一分だ、それなら許してやる」
「ホンマか? そら嬉しいわ、サンキューな」
「その代わり、そいつの拘束は解かないぜ、それでよけりゃ好きにやれよ、見ててやる」
「そんで充分や、感謝しとく、あんたもいい男やな」
「へ……」
微笑みながら褒めてやると、男も満更ではなさそうで、少し照れて視線を彷徨わせる。ユキは残りの連中の動きに注意しながら、後ろで一本に束ねてあった髪を解いた。
サラリと滑らかな黒糸が流れ、元々美しかった顔に、更なる美麗を重ねる。そして、見惚れる男たちを一折見回し、妙な動きをしている者がいないのを確認してから、高山の膝の上に、向かい合わせになるように座り込んだ。
「こんであんたは俺のもんや……」
恋しい男を手に入れた女のふりをしながら、そのまま抱きついて、唇を重ねる。高山は一瞬、身を硬くし、逃げようとする素振りを見せたが、縛られているので動けないと悟ったのだろう、すぐにおとなしくなった。
「は、ぁ……ん」
「ん」
何度も、何度も、角度を変えながら唇を吸い、口の中に縮こまっている舌先を誘い出す。散々殴られたのだろう、彼の唾液は血の味がした。
それを舐め、吸いながら、さらに煽る。さすがに堪らなくなったのか、息を乱した高山の唇の端から、飲み込めなかった唾液が流れ出す。
ユキは、それすらも愛おしそうに舐める取る素振りをして、彼の耳元へ唇を寄せた。
「走れるか?」
小声で訊ねる。
すると、さすがの高山も驚いたのか、少し間を置いてから、何とか行けると答えた。
「足はヤラれていない、いけるだろう」
「そうか、ならここを離れたら、全速で走れ、外におっさんのラングレーが停めてある、そいつに乗り込んで、俺らが戻るまでそこでじっとしとくんや、ええな?」
「飛田が一緒なんだな? あんたは?」
「俺のことは気にせんでええ」
囁き合いながら絡まっていると、そこでストップがかかった。どうやら一分が過ぎたらしい。早く離れろと怒鳴られ、仕方なく立ち上がった。
「もういいだろ、離れろ」
「そやな、いい時間を過ごさしてもらったわ、あんがとさん」
「ふん」
余裕の仕草で高山から離れると、男はユキにこちらへ来いと命令した。最後の頼みを聞いてやったのだから、こちらも楽しませろという腹らしい。ユキも気軽に、そうやなと返す。
だが、ニコリと微笑んだユキが一歩前に出たとき、たたった今まで椅子に縛られ動けなかった筈の高山が、すっと立ち上がった。それを見て連中の顔色が変わる。
「お前っ、いつの間に!」
仕掛けは簡単だ。
ユキは髪を結ぶのに使っていた組紐に、針を仕込んでいた。それに加え、今回はあらゆる戦いを想定して、切っ先を少し砥いでおいた。カッター程度の切れ味だが役にはたつ。それで、先ほど口づけ、求め合うふりをしながら、高山の両手を戒めていたロープを切ったのだ。
「は、遅いわ! 美幸! ええから走れっ!」
怒った男たちが襲い掛かってくる。ユキはその一人を薙ぎ倒しながら、叫んだ。
女性を残して自分一人だけでは逃げられない。高山は一瞬、そんな顔をしたが、再び捕まえられたら今度こそ逃げられなくなる。出足の遅れた高山に、早くいけと怒鳴った。
「さっさと行かんか!」
「あんたは?」
「俺は大丈夫や、ええから行け! 無駄足にさせんやないで」
「わかった」
自分が居残れば逆に足手纏いだと悟ったのだろう。高山は素直に従った。逃げ去る高山を捕まえようと、男たちが走り出す。
「アホが! させるか」
ユキも出口付近まで走り、出て行こうとする男らの行く手を塞いだ。
まずは先頭の男を殴る。相手もこんなか細い女性が大の男を殴るとは、まさか思っていなかったのだろう。油断していた一人目は、一応倒れた。しかし、致命傷ではない。それどころか怒らせただけだ。
すぐに立ち上がって殴りかかって来た。
まずは成功だ。
だがこれからどうする……?
人数が多過ぎる。高山を庇いながら、その全てを倒す自信は、さすがにない。だがやるしかない。形勢は圧倒的にこちらが不利なのだ、小細工を労するしかやりようはない。あまり自信はないが、これしかないなとユキも覚悟を決めた。
「なんだテメエ、こいつの知り合いか?」
いきなりの侵入者に男たちが凄む。ユキは最初、相手の油断を誘うため、普通の女のふりをするつもりでいた。だが、普通の女がどんな感じなのか、今一つわからない。適当な女言葉を選んで喋ってみても、付け焼刃ではすぐにボロが出るだろう、それに面倒臭い。
仕方ないので、いつもどおりに答えた。
「ああ、そうや」
「なにしにきた? 薬の話を聞いたのか?」
「なんやそれは、詳しい話は聞いとらんで、面倒に巻き込まれたと聞いとっただけや」
「で、恋人を助けに来たって事か? 健気だなお嬢さん」
「そやな……そいつは俺にとって大事な男なんや、ここらで返してもらえんかな?」
これできちんと女言葉でも話して、可愛らしく泣いて見せれば真実味があるんだろうなと思ったが、あいにく自分はそれほど芸達者ではない。とりあえず睨むのだけはやめて、その男を返してくれと、頭を下げた。
「けっ、そうは行くかよ」
当然相手は承知しない、それはユキも計算の上だ。用は高山に近づければいいのだ。
「そうか、残念やな、ならせめて一緒におらせてもらえんか?」
静かに話すと、男らは面白そうに頷いた。幾人かはまだ疑り深そうに口を閉じているが、概ね油断は誘えたようだ。
ユキは、相手を警戒させないようにゆっくり近づきながら、いくぶんかしおらしく、頼むと媚売った。
「な、頼むわ、ここまで来たら、どうせ俺もただでは帰られへんのやろ? なら最後くらい惚れた男とおりたいやんか」
「男のために死を覚悟か? いい女だ」
「俺もそう思うわ、だから、な?」
ニコリと微笑んで見せると、男らも、いいだろうと頷く。そこでユキは高山の前まで歩き、その様子を観察した。
高山は腫れぼったくなった目を微かに開き、上目遣いにユキを見ている。この女は誰だと思考を巡らせているのが、眼球の僅かな動きからもわかった。とりあえず、意識だけはきちんとありそうだ。
「な、キスしてもええかな?」
「は? 正気か? 今ここでやるってのかよ」
「ああ、どうせ最後は殺すんやろ? 死ぬ前にしときたいやんか、五分でええからさ」
怪訝な顔の高山を見つめながら、ユキは背後の男らに話した。男たちも、まさかそんな要求をされるとは思わなかったのだろう、驚いて声が上擦る。どんなときでも、色事は男の油断を誘う。例に漏れず、そいつらも、気を緩めた。
いい傾向だと頭で計算しながら、さらに近づく。
「こいつはつれない男でな、俺はいつも焦れとった、キスくらいええやんか、減るもんやなし」
高山の顎に手を伸ばし、夢見るような声で話すと、背後の男らも息を飲む。そこでユキも、ここが押し所だと声に艶を含ませた。
「な、後生や、最後くらい、いい目見さしてや」
思い切り媚売った甘い声で頼むと、先頭にいた長髪の男は、いいだろうと頷いた。
成功だ。
「けど五分は長過ぎるだろ、一分だ、それなら許してやる」
「ホンマか? そら嬉しいわ、サンキューな」
「その代わり、そいつの拘束は解かないぜ、それでよけりゃ好きにやれよ、見ててやる」
「そんで充分や、感謝しとく、あんたもいい男やな」
「へ……」
微笑みながら褒めてやると、男も満更ではなさそうで、少し照れて視線を彷徨わせる。ユキは残りの連中の動きに注意しながら、後ろで一本に束ねてあった髪を解いた。
サラリと滑らかな黒糸が流れ、元々美しかった顔に、更なる美麗を重ねる。そして、見惚れる男たちを一折見回し、妙な動きをしている者がいないのを確認してから、高山の膝の上に、向かい合わせになるように座り込んだ。
「こんであんたは俺のもんや……」
恋しい男を手に入れた女のふりをしながら、そのまま抱きついて、唇を重ねる。高山は一瞬、身を硬くし、逃げようとする素振りを見せたが、縛られているので動けないと悟ったのだろう、すぐにおとなしくなった。
「は、ぁ……ん」
「ん」
何度も、何度も、角度を変えながら唇を吸い、口の中に縮こまっている舌先を誘い出す。散々殴られたのだろう、彼の唾液は血の味がした。
それを舐め、吸いながら、さらに煽る。さすがに堪らなくなったのか、息を乱した高山の唇の端から、飲み込めなかった唾液が流れ出す。
ユキは、それすらも愛おしそうに舐める取る素振りをして、彼の耳元へ唇を寄せた。
「走れるか?」
小声で訊ねる。
すると、さすがの高山も驚いたのか、少し間を置いてから、何とか行けると答えた。
「足はヤラれていない、いけるだろう」
「そうか、ならここを離れたら、全速で走れ、外におっさんのラングレーが停めてある、そいつに乗り込んで、俺らが戻るまでそこでじっとしとくんや、ええな?」
「飛田が一緒なんだな? あんたは?」
「俺のことは気にせんでええ」
囁き合いながら絡まっていると、そこでストップがかかった。どうやら一分が過ぎたらしい。早く離れろと怒鳴られ、仕方なく立ち上がった。
「もういいだろ、離れろ」
「そやな、いい時間を過ごさしてもらったわ、あんがとさん」
「ふん」
余裕の仕草で高山から離れると、男はユキにこちらへ来いと命令した。最後の頼みを聞いてやったのだから、こちらも楽しませろという腹らしい。ユキも気軽に、そうやなと返す。
だが、ニコリと微笑んだユキが一歩前に出たとき、たたった今まで椅子に縛られ動けなかった筈の高山が、すっと立ち上がった。それを見て連中の顔色が変わる。
「お前っ、いつの間に!」
仕掛けは簡単だ。
ユキは髪を結ぶのに使っていた組紐に、針を仕込んでいた。それに加え、今回はあらゆる戦いを想定して、切っ先を少し砥いでおいた。カッター程度の切れ味だが役にはたつ。それで、先ほど口づけ、求め合うふりをしながら、高山の両手を戒めていたロープを切ったのだ。
「は、遅いわ! 美幸! ええから走れっ!」
怒った男たちが襲い掛かってくる。ユキはその一人を薙ぎ倒しながら、叫んだ。
女性を残して自分一人だけでは逃げられない。高山は一瞬、そんな顔をしたが、再び捕まえられたら今度こそ逃げられなくなる。出足の遅れた高山に、早くいけと怒鳴った。
「さっさと行かんか!」
「あんたは?」
「俺は大丈夫や、ええから行け! 無駄足にさせんやないで」
「わかった」
自分が居残れば逆に足手纏いだと悟ったのだろう。高山は素直に従った。逃げ去る高山を捕まえようと、男たちが走り出す。
「アホが! させるか」
ユキも出口付近まで走り、出て行こうとする男らの行く手を塞いだ。
まずは先頭の男を殴る。相手もこんなか細い女性が大の男を殴るとは、まさか思っていなかったのだろう。油断していた一人目は、一応倒れた。しかし、致命傷ではない。それどころか怒らせただけだ。
すぐに立ち上がって殴りかかって来た。