「もう勝った気か? 甘いで」
「グッ……ッ」
一発で決められるように、身体に捻りを入れ、思い切り勢いをつけた蹴りだった。その衝撃に、吟も顔を顰め、床に倒れこむ。それを見下ろしながら、ユキはゆっくり立ち上がった。
「勝負はどちらかが負けを認めるまで、やったな? どうする、まだやるか?」
出来ればここで諦めて欲しい、そう思いながら聞いたが、吟はそれを見越したように睨み返してきた。
「やりますよ、当然……ユキさんこそ、ギブアップしなくていいんですか?」
「いらん心配せんでええわ」
その返事に落胆しながら、表面は無表情を装って答える。吟はユキの顔を見つめ、ゆっくり立ち上がった。
「なら行きます、今度は抜きませんよ、覚悟しとってください」
半睨みで呟いた吟は、ユキの返事を待たず、ダッシュして来た。その速度はさっきより早い。
またホールドを決められるとヤバイ、今度は吟も油断しないだろう。ユキは走り込んでくる吟の手先を見ながら背後へ下がった。
だが下がろうが逃げようが吟は追ってくる、意外にしつこい。だいいち逃げの戦法では勝てない。ユキは自身の中で気合を入れなおし、逃げようとする体にストップをかけた。
女性化してから、まともに誰かとやり合ったことはない。毎日鍛えてはいたが、実戦でモノになるのかは、わからない。イメージとしては出来ると思うし、筋力も少し劣ったとはいえ、それなりにつけた。しかしそんなモノ、所詮付け焼刃、変わってしまった身体が、本当にイメージどおり、昔のように動くのかは、疑問だ。
できるか出来ないか、こうなったら試してみるしかない。もし出来なければ、飛田との約束を破ることになり、高山を助けることも出来なくなる。それならそれで、なにか策を考えなくてはならなくなるし、なにより、自分が我慢出来ない。
やれないでは済まされない。
足を止めたユキは、自分の中で呼吸を整え、今出せる全力でやると決めた。
「え……?」
ユキの細いシルエットが、ゆらりと揺れ、あたりに霞がかかったように滲む。一瞬の内にその姿を見失った吟が驚いてあたりを見回す。
どこへ消えた?
吟が動転した次の瞬間、その真横、すぐ近くに、ユキはふいに姿を見せた。そして渾身の右ストレートが繰り出される。
ユキの拳は真っ直ぐに吟の頬に入り、意表を突かれ、バランスを崩した吟はそのまま倒れかける。だがユキは倒れかけていた吟の襟を掴んで引き起こし、さらに拳を入れた。今度は少し捻りを入れたので、それだけ拳も重くなり、その衝撃は吟の脳天まで届くはずだ。そして後頭部を揺るがし、平衡感覚を奪う。本来ならそこでもう立てない。しかしユキは手を緩めなかった。ここで決着を付けなければ自分がもたない。それがわかるだけに、手は抜けなかった。
自分を殴り続けるユキを、吟はぼんやりと見ている。彼がなにを考えているのか、一瞬気が削がれ、その途端、身体が重くなった。
もう、腕が上がらない。
これ以上は無理だ。
そう感じたユキは、自分でも少し早いなと思いながら、止めの頭突きを入れた。
そのまま倒れろ……その願いのまま、吟は床に沈む。だが、まだ意識は落としていない。動きはしないが、まだ完全には沈んでない。
やはり、このままの自分ではダメなのだ……それを察しながら、ユキはあえてその結論を先延ばしにした。
「どうや、まだやるか?」
「……すみません、俺の負けです」
「グッ……ッ」
一発で決められるように、身体に捻りを入れ、思い切り勢いをつけた蹴りだった。その衝撃に、吟も顔を顰め、床に倒れこむ。それを見下ろしながら、ユキはゆっくり立ち上がった。
「勝負はどちらかが負けを認めるまで、やったな? どうする、まだやるか?」
出来ればここで諦めて欲しい、そう思いながら聞いたが、吟はそれを見越したように睨み返してきた。
「やりますよ、当然……ユキさんこそ、ギブアップしなくていいんですか?」
「いらん心配せんでええわ」
その返事に落胆しながら、表面は無表情を装って答える。吟はユキの顔を見つめ、ゆっくり立ち上がった。
「なら行きます、今度は抜きませんよ、覚悟しとってください」
半睨みで呟いた吟は、ユキの返事を待たず、ダッシュして来た。その速度はさっきより早い。
またホールドを決められるとヤバイ、今度は吟も油断しないだろう。ユキは走り込んでくる吟の手先を見ながら背後へ下がった。
だが下がろうが逃げようが吟は追ってくる、意外にしつこい。だいいち逃げの戦法では勝てない。ユキは自身の中で気合を入れなおし、逃げようとする体にストップをかけた。
女性化してから、まともに誰かとやり合ったことはない。毎日鍛えてはいたが、実戦でモノになるのかは、わからない。イメージとしては出来ると思うし、筋力も少し劣ったとはいえ、それなりにつけた。しかしそんなモノ、所詮付け焼刃、変わってしまった身体が、本当にイメージどおり、昔のように動くのかは、疑問だ。
できるか出来ないか、こうなったら試してみるしかない。もし出来なければ、飛田との約束を破ることになり、高山を助けることも出来なくなる。それならそれで、なにか策を考えなくてはならなくなるし、なにより、自分が我慢出来ない。
やれないでは済まされない。
足を止めたユキは、自分の中で呼吸を整え、今出せる全力でやると決めた。
「え……?」
ユキの細いシルエットが、ゆらりと揺れ、あたりに霞がかかったように滲む。一瞬の内にその姿を見失った吟が驚いてあたりを見回す。
どこへ消えた?
吟が動転した次の瞬間、その真横、すぐ近くに、ユキはふいに姿を見せた。そして渾身の右ストレートが繰り出される。
ユキの拳は真っ直ぐに吟の頬に入り、意表を突かれ、バランスを崩した吟はそのまま倒れかける。だがユキは倒れかけていた吟の襟を掴んで引き起こし、さらに拳を入れた。今度は少し捻りを入れたので、それだけ拳も重くなり、その衝撃は吟の脳天まで届くはずだ。そして後頭部を揺るがし、平衡感覚を奪う。本来ならそこでもう立てない。しかしユキは手を緩めなかった。ここで決着を付けなければ自分がもたない。それがわかるだけに、手は抜けなかった。
自分を殴り続けるユキを、吟はぼんやりと見ている。彼がなにを考えているのか、一瞬気が削がれ、その途端、身体が重くなった。
もう、腕が上がらない。
これ以上は無理だ。
そう感じたユキは、自分でも少し早いなと思いながら、止めの頭突きを入れた。
そのまま倒れろ……その願いのまま、吟は床に沈む。だが、まだ意識は落としていない。動きはしないが、まだ完全には沈んでない。
やはり、このままの自分ではダメなのだ……それを察しながら、ユキはあえてその結論を先延ばしにした。
「どうや、まだやるか?」
「……すみません、俺の負けです」