自分の拳が利かない事も、ある程度は想定済みだったが、その威力のなさに呆れる。ユキは、ヤレヤレと肩を竦めながら、手の中の針を固く握り直した。
吟との手合わせで、今の自分には筋力と持久力が足らないと確認した。ちんたらやっていてはすぐ力尽きる、一気にヤルしかない。ここにいる十二人、とにかくこの人数を片付けることだけに集中するのだ。
***
フラッパーの密造場所は、ユキが言った通り、地下にあった。飛田はその全てに行き渡るように電極を配し、導火線を引く。痕跡も残さず焼き払う為だ。
「こんで終いだ、もう二度と、この世に現れるんじゃねえぞ」
畜生めと呟き、全ての仕掛けを終えた飛田は、おそらく苦戦しているだろうユキの元へ向かおうと階段を上りかけた。その時、上から誰か下りてくるのが見えて立ち止まる。
「誰だ……?」
「やはりお前か」
やれやれというように呟く声で気づいた、下りて来たのは高山だ。酷く痛めつけられたらしく、顔も腫れ上がり、衣服はボロボロ、血だらけだった。
「高山、無事か……いや、無事でもねえか、ひでえ顔だぜ、色男が台無しだ」
「ここで何をしてた?」
酷い顔だと言われても、高山は動じなかった。
自分の容姿がどうであるかなど、この男には関係ないらしい。相変わらず平坦な声でなにしに来たと聞いてくる。なにもかにもない、自分らはお前を助けに来たんだと言うと、余計な世話だと珍しくムッとした顔で言った。
「なに怒ってんだ、少しは感謝しろよ」
「して欲しいなら一人で来い、あの女は誰だ?」
「ああ、奴は……」
言いかけて、躊躇った。あれはお前も知ってる元極道の殺し屋だった風祭蒼太だと話すべきか、言わずにおくべきか迷ったのだ。
ユキ自身がそれを望むかどうかも気がかりだし、普通は言っても眉唾だ。だが相手は高山だ、隠しておいても気づいてしまうかもしれない。どうするべきかと思案していると、高山は勝手に話を進めた。
「他人を巻き込むな、やるなら一人でやれ、なぜ彼女を引き込んだ?」
「なぜって、そりゃお前、俺一人じゃ難しかったからだろ」
無能と罵られたような気がして飛田も腐る。しかし高山はしつこかった。
「どんな理由であれ、女性にさせる仕事じゃない、それくらいお前にだってわかるはずだ」
「……おい」
「俺を逃がすために彼女は連中の所に残った、あそこに何人いたと思う? 十二人だ、彼女一人でどうにかなると思うのか?」
「高山……?」
「お前は何をしてた、こんなところで小細工してないで彼女に付いててやるのが本当じゃないのか?」
「ちょっと待てよ、こっちはこいつ(フラッパー)の始末をしてたんだ、後々のことも考えりゃ、痕跡も残せねえだろ、それに、こっちを優先させろと言ったのはあいつのほうだぜ!」
「人の命より重い物があるのか? 彼女になにかあったらどうする、それでもお前は同じ台詞が言えるのか!」
そこで高山は珍しく怒鳴った。何事にも動じることなく、まるで永久氷土のような冷たい面持ちの彼が激高するのを、飛田は初めて見た。
自ら感情がないと言っていた高山は、なにがあっても顔色を変えない。表情すら殆ど動かさない。それが怒鳴るなど珍し過ぎて呆気に取られた。
黙り込む飛田を睨み、高山も自分が尋常ではなくなっていると気づいたのだろう、少し気まずそうに視線を反らせる。
「仕掛けは済んだんだな?」
「……ああ」
「では彼女のところへ急げ」
思い詰めたような瞳で高山は急げと促した。その熱量が、日ごろの彼の言動と一致しない。飛田もつい、興味を持った。だがたしかに今はそれどころではない。促されるまま、高山と階段を駆け上がる。
高山に急かされながら、ユキのいる部屋へと駆け込むと、彼女はまだ戦闘中だった。辺りには先に倒されたのだろう男たちが倒れていて、残っているのはあと三人だ。十二人中、九人までを倒したのだろうユキは、まだまだ手を緩めることなく、次の標的に向かっていた。だが気のせいかスピードが落ちているようだ。そろそろ限界なのだろう、助っ人が要りそうに見えた。
割って入るとあとで怒るだろうなとは思ったが、あまり無茶はさせられない。飛田は傍らの高山をチラリと見た。
「丁度いい人数だ、高山、一人やれるか?」
「愚問だ」
「よし、任せる!」
高山もあれで敵が多い性質なので、護身のためボクシングを嗜む。怪我人なので少し心配だが、相手が一人ならやれるだろうとふんだ。
目の前のデカブツに一発お見舞いしてチラリと振り返る。高山は多少ふらつきながらも善戦している、少し時間はかかるだろうが一人くらい倒せそうだ。ではユキのほうはどうだと、反対を見返した。
ちょうどその時、ユキは、長身の男に跳びかかられ、背後に跳ねた所だった。相手が追撃を緩めないので間合いが取れないらしい。
飛田は、自分に殴りかかってくる男を張り倒しながら、彼女がどうするのか見ていた。
迫る男から逃れ、間合いを取りながら、ユキは突き崩す先を狙っているようだ。右手が固く握られている所をみると、そこに針を持っているのだろう
ユキの針は一撃必殺だ、なぜすぐに突かないんだと首を捻ったが、その理由はすぐにわかった。今の身体(女性体)ではその武器も無敵ではないのだ。
勢いが足らず、下手を打てば仕損じる。それどころかその一瞬に、相手に捕まりかねない、そうなれば、力差がある分、圧倒的不利になる。だから迂闊には打ち込めない。
彼女は相手の隙を窺い、確実に仕留められる点を狙えるまで待っている。しかし、相手だってそう簡単には隙を見せない。相手の隙が見えるまで防戦し、僅かな隙を突く。だがそのやり方には無理がある。それでもここまでに九人を倒した。その根性と負けん気は見上げたもんだと感心するが、それもここまでだろう。仲間九人を倒され、男もユキのやり方に気づいた、容易に隙は見せない。
追い詰められたユキに、男の手が伸びる。間一髪でそれを避け、ユキは男の右手に逃げた。それを男が追う。追われた彼女は床を蹴り、壁を駆け上がるように跳ね上がって、男の背後に回りこんだ。その脚力に驚いたのか、男にも一瞬の隙が出来る。それを見逃さず、ユキは男の背後から首をひっ掴んだ。そして、男のこめかみ付近に、目にも止まらぬ速さで、右拳が打ち込まれる。
ズチャッと鈍い音が聞こえた。
飛田が呆気に取られている間に、男はコンクリートの床に沈んだ。あとには少し息を上げ、上気した顔のユキだけが立つ。
どうやら勝ちは得たようだ。
吟との手合わせで、今の自分には筋力と持久力が足らないと確認した。ちんたらやっていてはすぐ力尽きる、一気にヤルしかない。ここにいる十二人、とにかくこの人数を片付けることだけに集中するのだ。
***
フラッパーの密造場所は、ユキが言った通り、地下にあった。飛田はその全てに行き渡るように電極を配し、導火線を引く。痕跡も残さず焼き払う為だ。
「こんで終いだ、もう二度と、この世に現れるんじゃねえぞ」
畜生めと呟き、全ての仕掛けを終えた飛田は、おそらく苦戦しているだろうユキの元へ向かおうと階段を上りかけた。その時、上から誰か下りてくるのが見えて立ち止まる。
「誰だ……?」
「やはりお前か」
やれやれというように呟く声で気づいた、下りて来たのは高山だ。酷く痛めつけられたらしく、顔も腫れ上がり、衣服はボロボロ、血だらけだった。
「高山、無事か……いや、無事でもねえか、ひでえ顔だぜ、色男が台無しだ」
「ここで何をしてた?」
酷い顔だと言われても、高山は動じなかった。
自分の容姿がどうであるかなど、この男には関係ないらしい。相変わらず平坦な声でなにしに来たと聞いてくる。なにもかにもない、自分らはお前を助けに来たんだと言うと、余計な世話だと珍しくムッとした顔で言った。
「なに怒ってんだ、少しは感謝しろよ」
「して欲しいなら一人で来い、あの女は誰だ?」
「ああ、奴は……」
言いかけて、躊躇った。あれはお前も知ってる元極道の殺し屋だった風祭蒼太だと話すべきか、言わずにおくべきか迷ったのだ。
ユキ自身がそれを望むかどうかも気がかりだし、普通は言っても眉唾だ。だが相手は高山だ、隠しておいても気づいてしまうかもしれない。どうするべきかと思案していると、高山は勝手に話を進めた。
「他人を巻き込むな、やるなら一人でやれ、なぜ彼女を引き込んだ?」
「なぜって、そりゃお前、俺一人じゃ難しかったからだろ」
無能と罵られたような気がして飛田も腐る。しかし高山はしつこかった。
「どんな理由であれ、女性にさせる仕事じゃない、それくらいお前にだってわかるはずだ」
「……おい」
「俺を逃がすために彼女は連中の所に残った、あそこに何人いたと思う? 十二人だ、彼女一人でどうにかなると思うのか?」
「高山……?」
「お前は何をしてた、こんなところで小細工してないで彼女に付いててやるのが本当じゃないのか?」
「ちょっと待てよ、こっちはこいつ(フラッパー)の始末をしてたんだ、後々のことも考えりゃ、痕跡も残せねえだろ、それに、こっちを優先させろと言ったのはあいつのほうだぜ!」
「人の命より重い物があるのか? 彼女になにかあったらどうする、それでもお前は同じ台詞が言えるのか!」
そこで高山は珍しく怒鳴った。何事にも動じることなく、まるで永久氷土のような冷たい面持ちの彼が激高するのを、飛田は初めて見た。
自ら感情がないと言っていた高山は、なにがあっても顔色を変えない。表情すら殆ど動かさない。それが怒鳴るなど珍し過ぎて呆気に取られた。
黙り込む飛田を睨み、高山も自分が尋常ではなくなっていると気づいたのだろう、少し気まずそうに視線を反らせる。
「仕掛けは済んだんだな?」
「……ああ」
「では彼女のところへ急げ」
思い詰めたような瞳で高山は急げと促した。その熱量が、日ごろの彼の言動と一致しない。飛田もつい、興味を持った。だがたしかに今はそれどころではない。促されるまま、高山と階段を駆け上がる。
高山に急かされながら、ユキのいる部屋へと駆け込むと、彼女はまだ戦闘中だった。辺りには先に倒されたのだろう男たちが倒れていて、残っているのはあと三人だ。十二人中、九人までを倒したのだろうユキは、まだまだ手を緩めることなく、次の標的に向かっていた。だが気のせいかスピードが落ちているようだ。そろそろ限界なのだろう、助っ人が要りそうに見えた。
割って入るとあとで怒るだろうなとは思ったが、あまり無茶はさせられない。飛田は傍らの高山をチラリと見た。
「丁度いい人数だ、高山、一人やれるか?」
「愚問だ」
「よし、任せる!」
高山もあれで敵が多い性質なので、護身のためボクシングを嗜む。怪我人なので少し心配だが、相手が一人ならやれるだろうとふんだ。
目の前のデカブツに一発お見舞いしてチラリと振り返る。高山は多少ふらつきながらも善戦している、少し時間はかかるだろうが一人くらい倒せそうだ。ではユキのほうはどうだと、反対を見返した。
ちょうどその時、ユキは、長身の男に跳びかかられ、背後に跳ねた所だった。相手が追撃を緩めないので間合いが取れないらしい。
飛田は、自分に殴りかかってくる男を張り倒しながら、彼女がどうするのか見ていた。
迫る男から逃れ、間合いを取りながら、ユキは突き崩す先を狙っているようだ。右手が固く握られている所をみると、そこに針を持っているのだろう
ユキの針は一撃必殺だ、なぜすぐに突かないんだと首を捻ったが、その理由はすぐにわかった。今の身体(女性体)ではその武器も無敵ではないのだ。
勢いが足らず、下手を打てば仕損じる。それどころかその一瞬に、相手に捕まりかねない、そうなれば、力差がある分、圧倒的不利になる。だから迂闊には打ち込めない。
彼女は相手の隙を窺い、確実に仕留められる点を狙えるまで待っている。しかし、相手だってそう簡単には隙を見せない。相手の隙が見えるまで防戦し、僅かな隙を突く。だがそのやり方には無理がある。それでもここまでに九人を倒した。その根性と負けん気は見上げたもんだと感心するが、それもここまでだろう。仲間九人を倒され、男もユキのやり方に気づいた、容易に隙は見せない。
追い詰められたユキに、男の手が伸びる。間一髪でそれを避け、ユキは男の右手に逃げた。それを男が追う。追われた彼女は床を蹴り、壁を駆け上がるように跳ね上がって、男の背後に回りこんだ。その脚力に驚いたのか、男にも一瞬の隙が出来る。それを見逃さず、ユキは男の背後から首をひっ掴んだ。そして、男のこめかみ付近に、目にも止まらぬ速さで、右拳が打ち込まれる。
ズチャッと鈍い音が聞こえた。
飛田が呆気に取られている間に、男はコンクリートの床に沈んだ。あとには少し息を上げ、上気した顔のユキだけが立つ。
どうやら勝ちは得たようだ。