「さしずめ、今の俺は霊体とでもいったところか」



手のひらを握ったり開いたりしながら眺め、琥珀は淡々とした口調で言う。

由菜は黙ったまま下を向いていた。



「先程の男たちには、まるで包丁が宙に浮き、由菜が一瞬のうちに木の上へ跳んだように見えたわけか」



『化け物』と叫ぶわけである。



「俺がお仕えしていた姫は、しとやかで女性らしい。かと思えば意思は強くて頑固なところがある。……そして、いつも寂しそうにしていた 」


「……」



琥珀が脈絡なく唄姫の話を始めると、由菜はようやく顔を上げた。




「姫について話す、というのが約束だったであろう?」


「……そうだったわね」


「俺は彼女を愛していた。その愛した彼女の命を、俺はこの手で奪った」



唄姫の望みであり、苦しませないためであったとはいえ、その事実は消えない。

今まで、死ぬ間際のこと──これまでは「ここに来る直前のこと」だと思っていたが──が思い出せなかった理由が分かった気がする。


自分の手によって唄姫を殺めたという辛い記憶を、意識の奥底に押し込んでいたのだろう。



「由菜は姫と同じで、来栖家の力を受け継ぐ者なのだな」


「うん…─」


「幻滅したか?愛した者の命を奪っておいて、そのことを忘れていた、などと聞いて」


「そんなことない。琥珀は大切な人を守れなかった後悔のせいで、この世に留まっているんでしょ?」