「姫、お逃げください!」



唄姫の前にひざまづく琥珀の切羽詰まった叫びが、部屋に響いた。



「敵軍が既に城を包囲しています」


「そのようですね」



どこか他人事のように言う唄姫に、琥珀は苛立ちながら顔を上げた。



「分かっているのならば早く……!」


「できません」


「何故……!?」


「何故、とは可笑しなことを言いますね」



唄姫は琥珀の方を見て、いつものように、寂しさを湛えた瞳で笑った。



「つい先日、二度と逃げないと言ったばかりでしょう?」




『二度と、逃げるなんて言わない』

あの日の唄姫の声が脳内に響く。



「敵が、私と白塚家の婚約が原因で攻めて来たとあれば、さらに逃げられません」




彼女の意志の強さは知っている。

本人がそう決めたのであれば、言われた通りに逃げることはまずしないだろう。


だとしても彼女には逃げてほしい、安全な場所で、高みの見物をしてもらいたい。



だが、それが叶わないのならせめて──


まったく……と琥珀は腹を括って、深々と息を吐いた。



「……あなたが残るというのなら、拙者が残らないわけにはいきませんね」


「それはだめです、琥珀は逃げてください!」


「拙者の存在意義を無くす気ですか?」



琥珀の言葉を聞き焦る唄姫に、笑いかけた。



「あなたを守るという使命を果たせないのならば、拙者に生きる価値など無いに等しい」


「ですが琥珀っ」


「それにいつも言っているではないですか。拙者は何があろうとあなたと一緒にいる、と」



唄姫はグッと言葉に詰まった。

そして小さな声で「分かりました」と言った。