唄姫はまた首を振り、否定の意を示した。

静かに瞬きをしてから琥珀の手を握り返す。



「違います。私は、あなただから好きになったのですよ」


「っ……そんなことは」


「あります」



まっすぐ、意思の強い瞳をして、はっきりとそう言い切った。



「……本当に、あなたという人は」



琥珀は、握られている手と反対の手で、そっと唄姫の頬にそっと触れる。


そしてその唇に、自分のそれをそっと重ねた。

柔らかな感触と体温が直接伝わってくる。



ゆっくり顔を離して目に飛び込んできたのは、頬を真っ赤にした唄姫だった。



「姫?」


「ご、ごめんなさい……驚いてしまって」


「そのような反応をされては、こちらまで……」



唄姫の初心な反応を見て、琥珀の方まで緊張と照れが伝わり、顔の熱が上昇してきてしまった。


だが、照れ笑いを浮かべる唄姫は、今まで琥珀が見たどんな彼女よりも幸せそうに見えた。

そんな彼女を見られただけで、心の内が満たされ、まるで片恋が報われたような気分にすらなる。


自分のことながら、実に単純だ。



「琥珀、変なことを言ってごめんなさい。あなたに愛されているとわかっただけでもう十分だわ。……二度と、逃げるなんて言わない」



この瞬間は、彼女のこの言葉に安心していた。

だが、彼女の意志がどれだけ固いかはこの時の琥珀にはわかっていなかった。



──唄姫と婚約した白塚家に敵対する家が来栖家を攻めてきたのは、それからわずか二日後のことだ。