フツフツと怒りが込み上げてきた。
(何を言っている、この男は。由菜は嫌がっているではないか。
無理やりにでも自分のものにしようなどと……ふざけやがって)
琥珀は男に向かって、思い切り包丁を振り上げると、その顔のスレスレに刺した。
わずかに傷が入り、血が流れる。
「ひっ」
男の口から恐怖の悲鳴が漏れる。
「二度と由菜に近づくな。次はない」
男は琥珀の言葉には答えない。
ただ引きつらせた顔のまま、ぶつぶつと訳の分からないことを繰り返している。
琥珀は、男から離れ、由菜をそっと持ち上げた。
「由菜、しっかりつかまれ。舌を噛まんように口は閉じておくことを勧める」
由菜がうなずいたのを確認すると、琥珀は勢いをつけて近くの木に飛び乗った。
「ば、化け物!」
男が震える声で叫ぶのが聞こえてきた。
木から木へ飛び移る。
そして琥珀と由菜は、いつもの場所に到着した。
「琥珀……ありがとう」
小さくそう言う由菜を、琥珀はギュッと抱きしめた。
「良かった。良かった、無事で……
今度は、きちんと守ることができた」
「今度は?」
無意識に口から出た言葉を由菜は聞き逃さなかった。
「前に、守れなかったことがあったの?」
「それは……」
「もしかして、何か思い出した?」
真剣な眼差しで見つめられ、琥珀は思わず目をそらした。