(遅い)



夕方、日が沈み始めている。

このままではすぐに暗くなってしまう。



(何かあったのだろうか)



妙に胸騒ぎがした。

琥珀は、近くにある中で一番高い木に登った。遠くまで見渡せる上、音もよく聞こえる。

そっと耳をすませた。


木々のざわめく音や、鳥などの動物の鳴き声。

それに混じって、小さく人の声が聞こえた。



「や、やめて!来ないで!」


(由菜?)



怯えるような声。間違いなく由菜のものだ。


また野犬でも出たのだろうか。

そう思った瞬間、別の声も聞こえた。



「お、お前が悪いんだっ!お、お前が僕のものにならないって言うからっ」



男の声だ。

さらに感覚を研ぎ澄ませると、そこには他に複数の人間の気配がした。




これはただ事ではない。



「由菜っ」



琥珀は急いで、声の方向に向かい始めた。



「どこだ!?」



気持ちばかりが焦る。

敵の居場所など、一瞬のうちに特定できるはずなのに、焦りのせいでうまくいかない。


ようやく見つけたのは、森の入口のあたりだった。



(いた……!)



由菜は十人近くの男に囲まれていた。

先ほど聞こえてきた声の主は、由菜の前に立つ、少し薄気味悪い印象の男だ。


そして、よく見ると、その男の手に、包丁のような物が握られていた。



(これは……まずいな)



由菜を助けようと思えば、まずは目の前の男が使う刃物を封じるべきだろう。

だが、これだけの人間がいて、他が同じように凶器を隠し持っていないという保証はない。