思い出したくないことの一つだ。
忘れるのなら、ここに来る直前のことなどという大切なものでなく、こういう記憶を忘れたかった。
「うへぇ……よく生きていられたね」
「命の危険を感じるような修行は日常茶飯事だったがな。女でも容赦はされない」
「うわー……わたし忍びじゃなくて良かった」
だが話しながら、琥珀は再び何とも言えない引っかかりを感じた。
(違う。そんな修行よりもっと辛い何かを、かしたら忘れているのではないだろうか)
いったい何が、自分の記憶を押し込めているのだろう。
もしかしたら自分の中の何かが、それらのことを思い出すのを拒否しているのかもしれない。
次に由菜が琥珀の質問に答えた。
ちなみにその内容は、好きな食べ物は何かという、どうでもいいものだった。
本当に知りたいと思えることは、もうほとんど聞いてしまったからだ。
そして、それは由菜の方も同じだったらしい。
「そろそろ質問の内容も無くなってきたなあ」
翌日の質問を決める際、そうぼやいた。
琥珀は少し迷った後、思い切って言う。
「……姫のことは尋ねないのだな」
「え?」
「お主は姫と似ている。初めて出会った時、勘違いしてしまったほどに。
気になりはせんのか?そこまで自分と似ていると言われる人物のことが」
由菜は少し俯き、どこか寂しそうな笑顔を見せた。