「まあ、彼も口だけで実害は今のところないから大丈夫なんだけどね」
「だが気味の悪いことに変わりはないだろう」
「だから、今日はまだ早いけど一緒にいてもらおうかなって……
琥珀なら、わたしのことを守ってくれるでしょ?」
由菜がのぞき込むようにして琥珀の顔を見る。
「あ、ああもちろん。そういう約束だったからな」
(この女、時々距離感がおかしい)
至近距離で、好きなのに容易に近づくことのできなかった人とそっくりな顔を見せられるこちらの身にもなって欲しい。
そう思ってから、ふと考える。
(由菜に好きな男がいたら面白くないと思うのは、由菜が姫とよく似た顔をしているからなのか……?
それとも本当は……)
そこまで考えてハッとなり、考えかけたものを慌てて頭から消す。
(いやまさか……俺が由菜に惚れているなんてことはない……はず)
「ねえ」
「っ……!」
そんな時に肩をポンと叩かれ、必要以上にビクリとしてしまった。
「どうしたの、驚きすぎじゃない?」
「い、いや何でもない」
必死に平静を装う。
幸いにも、由菜は琥珀の動揺に気づく様子はない。
「じゃあ、昨日の質問の答えを教えて!」
「ああ、そうだな」
昨日由菜から受けた質問は、今までで一番辛かった修行は何か、だった。
辛かった修行。思い返せば色々あるが、一番と言われると難しい。
「……滝に突き落とされる修行が、記憶上一番辛かった」