その場所は、一言で言えば「静かな森」だった。



「おかしい…何故だ」



齢十七のまだ少年とも呼べるような歳若い男は一人呟く。

闇に溶け込むような黒装束、肩まで伸びた髪は後ろでひとまとめにしていて、前髪は彼の整った顔立ちを半分ほど隠してしまうほどに長い。



(おかしい。いや、おかしいなどという程度ではない)



彼──琥珀(こはく)にとってはどうにもこうにも信じることのできない光景なのである。

琥珀のいた場所は、血生臭く、とても「静か」と形容することなどできない場所であったはずだ。



武将たちが知恵と力により領土を拡大し、当たり前のように多くの命が消えていく、まさに戦乱の世。


彼はそんな時代、忍びの一族に生を受けた。

厳しい訓練を積み、ようやく一人前の忍びと認められたのが二年ほど前。

さほど力は強くないが、ある特別な能力を持った来栖家に雇われた。




主君の警護と戦いへの加勢。それが琥珀の任務だった。


忍びは、決して目立って手柄を取り立てたりしない。

彼もまた、与えられた任務のために、陰で数えきれないほど敵を殺めた。


その反動で、いつしか血を見ることにも何の感情も抱かなくなっていた。




(血の匂いも火薬の匂いもしない。本当に静かだ。
……もしや、これが『あの世』というものなのだろうか)



しばらく考えた後、琥珀の出した答えはそれだった。


あれだけの人間を殺めた自分が極楽へ行けるはずもないので、恐らく地獄なのであろう。



(しかし、それならば俺はいつの間に殺められたのだ?
思い出せないぐらいに、苦しまず逝ったということなのか?)