そのまま通り過ぎようとしたが、それでも俺は看板に書いてあった説明文が引っかかった。

【良縁に恵まれますように。悪縁と切れますように】

 “悪縁と切れる”

 俺はしばらく躊躇(ためら)ってから再度時計を確認し、奥へと足を進めた。どうせ時間もある。少し見てみるだけだ。やばそうならすぐに引き返せばいい。

 なにかに言い訳しながらたどり着いた先は、本当になんの変哲もない小さな神社だった。人どころか猫一匹さえいない。気を張り詰めていた分、拍子抜けした。

 ゆっくりと左手にある手水舎(ちょうずしゃ)に近づくと、水は流れているが、柄杓(ひしゃく)なんていつから使われているのか分からないくらい持ち手の木の部分は変色し、椀の部分はぼこぼこだった。

 社務所も見当たらず、誰が管理しているのかも謎だ。名前からして商店街で管理でもしているんだろうか。いろいろ思いつつもせっかく、来たのだからと(やしろ)に歩み寄る。

 悪いが賽銭(さいせん)はなしだ。男子高校生の小遣いは世知辛(せちがら)いものがある。とりあえず鈴でも鳴らそうかと垂れ下がっている注連縄(しめなわ)のようなものを両手で掴む。

 そのとき手元よりも少し上のところで、なんだか頼りなさげに赤い糸が巻かれているのに気づいた。

 ふわふわと揺れて、リボン結びをされている糸は、このまま揺らしたら(ほど)けてしまいそうな儚さだった。

 そこに吸い寄せられるかのごとく自然と手が伸び、気づけば俺はその糸の輪っかになっている部分の両端を引っ張っていた。糸はしっかりと結ばれる。

 よし。気を取り直して力強く鈴を鳴らすと、思ったよりも小気味のいい音が響く。

 えーっと、二礼二拍手? 

 神社など初詣くらいしか行かないので、あまり覚えていない。適当に手を慣らして頭を下げる。一連の所作を終えてたあとで、肝心のお願いをしていないと思い直す。

 なにがしたかったんだ、俺は。まぁいいか。どうせ願ったところで結果は一緒だ。俺の縁はいい意味でも悪い意味でもとっくに切れている。