「みつるぎ国にも竜はいるの?」

 馬上で眠ってしまわないように、ゆめさきはおしゃべりを続けていた。馬上といっても、本物の馬ではない。ふぶきが核を入れ、自動歩行するよう命じた木馬だ。

 手のひらに乗る大きさの精巧な木馬が、ふぶきの根ざしものの力を得れば、またたく間に等身大の馬の寸法にまで伸長し、歯車の噛み合う音を立てながら人を乗せて歩き出す。
 奇跡のようなその光景を目撃し、きらぼしは目を輝かせ、もちづきも感嘆の息を洩らした。二人に誉められ、正直なふぶきはまんざらでもない様子で小さく笑った。

 一行が城壁を越え、街道を北に向かって歩き始めてから三時間ほど経過している。東の空が白んできた。

 もちづきは仮面を外さず、口数も多くない。ゆめさきの「竜はいるか」という問いにも一つうなずいただけで、背筋を伸ばして前ばかり見ている。
 ゆめさきのおしゃべりに応じるのは、もっぱら、きらぼしだった。じっとしていれば、みつるぎ国の刀のように冷たく鋭い美形だが、きらぼしはにぎやかだ。笑ってばかりの表情は軽やかで、身分は高いくせに少しも気取ったところがない。

「みつるぎ国で目撃例がある竜は、あらしみたいな鳥類目じゃなくて、蛇類目だ。つまり、体が長いやつ。空も飛ぶと言われてるけど、海や湖に住んでるって話が多いかな」

 竜は、大きく分けて四つの種目が報告されている。後肢で立ち上がる姿の鳥類目、長く柔軟な体を持つ蛇類目、四つ足で歩く象類目、海中に棲んでヒレを持つ鯨類目。このほかに人類型の二足歩行の竜もいると言われるが、確証は得られていない。
 あらしは鳥類目の中でも飛竜属に分類される。今は卵から孵った姿を保った幼体だが、まもなく迎える最初の脱皮を経て広い翼を得れば、空を飛ぶことができるようになる。

 本好きで物知りのふぶきが、ゆめさきときらぼしの間に割り込んで、百科事典でも読み上げるような説明を加えた。
「あらしは袋銀竜の仔です。袋銀竜は群れを成す竜で、十二年を一つの周期として世界じゅうを旅する、いわゆる渡り竜の一種として知られています」

 ゆめさきは、もちろん、そんなことはとっくに理解している。もちづきも大きな反応を見せない。きらぼしだけは竜の生態に詳しくなかったと見えて、切れ長な黒い目に好奇心の色を輝かせた。

「袋銀竜ってのか? 袋があるからか?」
「ええ。袋銀竜の袋とは、雌のおなかにある、仔竜を保護するための皮膜のことです。あらしを見ればわかるとおり、袋銀竜の仔の最初の十二年は、空を飛ぶ翼を持ちません」

「ああ、それで、母親が子どもを袋に入れて運んでやるってことか」
「母親とも限らないようですけどね。母親の親や姉妹、あるいは同じ親を持つ姉も、飛べない仔竜の面倒を見るという報告があります」

 あらしは、ゆめさきの鞍前に座っている。脱皮が近いせいで体がかゆいらしく、後肢を伸ばして首筋を掻くこともある。
 犬のような格好で首を掻くあらしの姿には、ゆめさきには思い掛けないことだったが、もちづきが反応を見せた。ゆめさきの馬へと自身の馬を寄せ、仮面からのぞく口元を微笑ませて、あらしにそっと手を差し伸べる。

「かわいいものだな。動物の仔は皆、愛らしい」

 あらしは、もちづきの手の匂いを嗅ぎ、手の主を大きな目で見つめ、指先を甘噛みした。雑食性の袋銀竜の歯はそれほど尖っていないし、力加減もわかっているから、あらしの甘噛みはくすぐったい。もちづきは小さな声を立てて笑った。

「もちづきは動物が好きなの?」
「さようですね。人間同士の関わり合いには、しばしば疲れ、すり減ってしまうこともあります。そのようなとき、私は、人間ではない動物に触れたくなります」

「気持ちは少しわかるわ。わたしは好き勝手にしているほうだけれど、それでも、心が疲れることもあるもの。政が不安な時期には、あらしがいてくれて心強かった」
「あさぎり国は政情の安定した国だと聞き及んでおりますし、私も実際に王都を拝見し、豊かで満ち足りていると感じましたが」

「人さらいと戦ったのに?」
「衛兵によるその対応が盤石でした。素晴らしゅうございます」
「そう。でもね、父上はだらしないところがあって、みんなに悲しい思いをさせたことがあるのよ。わたしはそうはなりたくない」