それからほどなくして、きらぼし、もちづきの二人は休憩所を後にし、馬を飛ばして王都を目指した。あさぎり国の服をまとい、帽子に黒髪を押し込んでいる上、ふぶきの手によって化粧を施されているので、みつるぎ国人にはとても見えない姿だった。
 きよみずは自分の体に戻っていった。うまく演じ切れる自信がないと言うので、ゆめさきが王都に戻るまで、とにかく悲しげに泣き続けておくよう指示してある。

 翌日になると、近衛兵団が街道を北上してきて、ゆめさきたちと合流した。ゆめさきはいつもの天真爛漫な調子で、得々として大冒険の顛末を語って聞かせた。つまり、ふぶきやきよみずの弱みを握って従わせ、思う存分、旅を楽しんできた、と。

 ふぶきはうつむき、ちしおは顔を覆い、いかにも嘆かわしげである。ゆめさきにさんざん振り回されてきた近衛兵たちは二人に同情したが、その実、ふぶきとちしおは笑いをこらえるのに必死だった。
 ちしおが人目を忍んで、ふぶきに耳打ちした。

「こんなめちゃくちゃな茶番、通用しちゃうんだね。ゆめさき姫って、普段からこんなめちゃくちゃなんだ?」
「めちゃくちゃですよ。まあ、おかげで楽しい思いをさせてもらってますけど」

 王都でゆめさきを迎えた父王は、頭やら胃やら痛くて仕方がないと愚痴を言いつつ、あきらめた様子で苦笑した。何事もなく婚礼の日を迎えられるはずがないと思っていた、と。






 それから婚礼までの一ヶ月ちょっとは、さすがのゆめさきもヘトヘトになるほど過密な毎日となった。

 分厚いヴェールを上げてはならないという慣習のため、視界に映るのは足下だけ。男と面会することはもちろん、男の名を口にするのも禁じられているせいで、ふぶきがどんなふうに過ごしているか、ちしおの処遇がどうなったのか、尋ねることもできない。

 あらしの抜け殻は、きよみずの部屋にある。一説によると、竜の鱗は幸運や長寿をもたらすのだそうだ。きよみずの体調がこのところ安定しているのは、もしかしたら、あらしの鱗のおかげかもしれない。

 毎日、ゆめさきのもとに贈り物が届く。特に、むらくも族からの贈り物は、誰もが感嘆の声を上げた。ひよどり村で拾ってきた赤い帯は、ふぶきの叔母が見事なドレスに作り替えてくれた。ふぶきの祖父母からは、袋銀竜を意匠化した宝石細工が届けられた。

 むろんと言おうか、みつるぎ国の本国からも大使館からも、さまざまな品や手紙がゆめさきへと贈られる。公式文書には皇子の真名が、詩には皇子の通称が記されている。いずれの名も、きらぼしではない。もちづきでもない。

「ぎんが、と呼ばれているのね。あなたは誰なの?」
 よそ行きの気取った文字は、ゆめさきの目を素通りする。詩の完成度は高いけれど、みつるぎ国の武人のまっすぐな心根を目の当たりにした後では、装飾過多な文面はあまりに浮ついて、嘘くさく見えた。

 ふとした瞬間に不安がぶり返してくる。
 ゆめさきは、きらぼしに好きだと告げた。きらぼしは、ハッキリとした言葉で応えてはくれなかった。選べと言ったのは、きらぼしだ。それなのに、なぜ。

 目まぐるしく時が過ぎ、ついに、ゆめさきは婚礼の日を迎えた。