ゆめさきがきらぼしと話をした翌日、ちしおが姿を消した。
 ちしおの右肩の裂傷は綺麗に縫い合わせてあり、経過も問題なかったが、骨折はこの短期間では如何ともならない。熱が引いたばかりなのに無茶をするやつだと、医者が呆れていた。ちしおに命を狙われたことは、誰も医者に伝えていないらしい。

 その日の夕食の席に、ようやく、もちづきが皆の前に姿を現した。ふぶきが作った新しい仮面を付け、髪の色もおおよそ黒く戻っている。
「かえって皆に迷惑をかけてしまった。申し訳ない」

 うつむきがちな彼は、まだ食事が進まない様子だった。あらしを膝の上に乗せ、薄い味付けの肉やパンを食べさせてやるばかりで、自分の口にはあまり運んでいない。

 ふぶきが、ため息交じりに言った。
「迷惑だとか何だとか、この際、言いっこなしです。姫も、ですよ。しおれた顔なんかしないでください。とにかく、時間内にあらしを竜の谷に送り届けて、ぼくたちはできる限り早く王都に戻ること。これだけを念頭に置いて動きましょう」
 ふぶきの言葉に、皆、黙ってうなずいた。

 きらぼしの口数は、ゆめさきの前では少なかった。ふぶきやもちづきとは普段どおりにしゃべっているのに、ゆめさきとは目を合わせない。村人を手伝って薪割りなどしながら笑っていても、ゆめさきが近付くと、さりげなく口をつぐんでしまう。

 ゆめさきは寂しかった。
 なぜ昨日、きらぼしの問いにきちんと答えなかったのだろう?
 いや、臆病になってしまった理由は自分でもわかっている。答えを間違えたら、きらぼしともちづきの人生をめちゃくちゃにしてしまうからだ。それが怖かった。

 一行がひよどり村を出発したのは、その翌々日だった。もちづきの体調が万全でないことは誰の目にも明らかだったが、当の本人が、出発しようと言って聞かなかったのだ。
 山道に慣れた馬を二頭、ひよどり村の農夫に貸してもらった。ふぶきが用意した木馬十頭を替え馬にしながら、大小二張のユルタと食糧と水を積んで、騎乗の一行は竜の谷を目指して山道を進んだ。

 竜の谷の入口は、村の裏手から尾根を一つ越えた先にある。袋銀竜が降り立ち、ひと夏の休息地とするのは、谷のずっと奥のほうだ。
 そこには、風と気が猛然と吹き上がる、大地の深い裂け目があるという。鳥より強靭な翼を持つ飛竜でなければ、大地の裂け目を越えられない。人と竜とを隔てるその場所まで、ゆめさきたちは、あらしを送っていく。

 日暮れが来ないうちに、綺麗な湧き水を確保できる泉のそばを、野営の場所と定めた。二張のユルタを建てられる程度に、開けて平らになっている。馬が好んで食べる柔らかい草も、ちょうどそこに生えていた。

 竜の谷の近辺には狼は棲んでいない。狼は、竜の気や匂いを嫌うのだ。熊や猪には気を付けるようにと、ひよどり村の狩人に忠告された。とはいえ、今年は山の実りが豊かで動物たちも肥えているから、わざわざ人を襲うことは考えにくい、とのことだ。
 山道を進んでくる間、鳥の羽音や蛇の這う音に驚かされることはあったが、体の大きな動物に遭遇したり襲われたりすることはなかった。