「もちづきは、おれの異母兄弟なんだ。初めて会ったのは十年前。そのときにはもう、あいつはああいうやつだった。学問ができて物静かで大人っぽくて、まさに貴公子で、バカみてぇにまじめで優しかった」

「異母兄弟。じゃあ、二人とも高貴な血筋なのね」
「第一王女のゆめさきがそれを言うなよ。おれたちは、代わりが利く程度の存在だ」
「代わりなんて利かないわよ。わたしにとっては、たった一人の……」

 夫となるべき人、だろうか。最初で最後の特別な旅の仲間、だろうか。初めて恋をした人、だろうか。
 何を言おうとしているのか自分でもわからなくなって、ゆめさきは空を仰いだ。今日は昨日より風が強い。クッキリと白い雲が流れていく。

 あらしが大あくびをし、長い尾で自分の体を抱き込みながら丸くなった。ゆめさきがあらしの頭を撫で、きらぼしも、あらしの首の後ろに指先で触れる。

「おれ、兄弟が多いんだよ。母親が違う兄弟ばっかり。妻たちが争うのをよそに、親父は奔放というか、だらしないというか。剣術の強さや政治の手腕を評価される裏で、そういう不潔な生活をしてる親父が、おれは嫌いだった」
「どこにでもある話じゃないかしら。ある程度の身分の男性が幾人かの妻を持つのは、血筋を確実に後世に残すためにも、社会的に許されてしまうものよ。わたしだって、父上のことを嫌いになりそうだったことがある」

「おれはやっぱりイヤだけどね。母親が苦労するのを見てきたからさ。親父には近付きたくもなかった。でも、もちづきは違った。自分の役割も何もかもキッチリ受け入れて、早く一人前になろうとしてた。初めて会ったころにはとっくに、立派なやつだった」
「そのころ、もちづきは八歳でしょ? そんなに幼いころから、もちづきはあんなふうだったのね」

「呆れるだろ? 以来十年間、おれはあいつに世話を焼かれて、引っ張られて、教えられて、ずっと一緒にやってきた。もちづきはいいやつだよ。表舞台に立つべき人間だ。それでさ、ゆめさきに訊きたい。おれとあいつだったら、どっちを選ぶ?」
「え?」

「正直に答えろよ。結婚、後悔したくねぇだろ。ちゃんと考えて選べ」
「それ、どういう意味なの? 選ぶって、どうして?」

 きらぼしは乾いた笑みを洩らした。
「みつるぎ国第四皇子なんて程度の身分なら、代わりが利くんだ。ごまかすことも引っ繰り返すこともできる。あんたの気持ちひとつなんだよ」

「待って、何を言っているのかわからない」
「なあ、ゆめさきは、もちづきのことが好きか? あいつと恋をしたいと思うか? おれと比べて、どっちが自分にふさわしい相手だと思う?」

 あらしの首筋を撫でていたはずの手が、不意に、ゆめさきの指先に触れた。頬に、きらぼしの視線を感じる。ゆめさきは、そちらを向くことができない。

 きらぼしの考えていることがわからない。その言葉の意図が見えない。もちづきを選べと言っているのか、選ぶなと言っているのか。
 二人に真名を問うたら、二人とも正しく答えてくれるだろうか。それとも、ゆめさきにこそ選ぶ権利があるからと、本心や正体を隠し通そうとするだろうか。

 沈黙が落ちた。
 そのまま、あらしがぐっすり眠ってしまっても、ゆめさきは口を開けず、手を引っ込められなかった。ふぶきが昼食の時間だと呼びに来て、それで話が終わってしまった。